みらっちの読書ブログ

本や映画、音楽の話を心のおもむくままに。

友だち追加

追悼 山田太一さん【『ふぞろいの林檎たちⅤ/男たちの旅路<オートバイ>山田太一未発表シナリオ集』頭木弘樹・『異人たちとの夏』/山田太一】

 

 

 山田太一さんが亡くなりました。

 

 まさか酒見賢一さんに続き、こんなにすぐに山田太一さんの追悼記事を書くことになるとは思いませんでした。

 いえ、思っていなかった、というのは少し語弊があります。

 

 先月、山田太一の未発表シナリオが見つかって、それが書籍化されたという情報に接し、一も二もなく購入しました。その情報はテレビで、山田氏の娘さんが出ていました。脳出血で倒れて以来は闘病生活をしているとおっしゃっていました。

 

www.kokusho.co.jp

 

 しばらく前から、最近山田太一さんの名前を全然見ないな、と思っていました。やっとキャッチした情報がそれでした。

 

 ブログを始めてから、いつかは山田太一作品のことを書こうと思っていましたが、このごろ全く作品に接しないので、きっと引退してしまったのだろうと思い、なんとなく先延ばしにして、ちゃんと調べようとしませんでした。それで、2017年に倒れたという情報も知らずにいたのです。

 

 ただ、そのテレビ番組を観た時、なんとなく予感がしたのです。

 なんとなく――なんとなくの、予感です。

 

 私が買い求めた『ふぞろいの林檎たちⅤ/男たちの旅路<オートバイ>山田太一未発表シナリオ集』は、頭木弘樹さんという方が出した本です。奥付をみると頭木さんの紹介欄には「文学紹介者」という肩書が書いてあります。そんなお仕事があるとは知りませんでした。頭木さんは長い時間をかけて、山田太一さんに全作品に関するロングインタビューをされていて、その関係で、こちらの未発表作品の発見につながったようです。

 

 訃報に接して、あらためてこの未発表シナリオ集を読んでみました。

 

 私は『ふぞろいの林檎』の少し下の世代です。絶大な人気を誇っていた時代を知っています。ドラマもシリーズのいくつかは観ていますし、『ふぞろいの~』と聞いただけで、俳優さんの立ち居振る舞いや登場人物の性格などがたちどころに思い浮かびます。「プッ〇ン女優」などと言われ、いまはもうテレビで見かけなくなった女優さんのことなども。

 ちなみに、山田太一さんの代表作とされる『岸辺のアルバム』も、私はまだ子供で、親世代のリアルタイムでした。親世代が話題にしていたことが思い出されます。

 

 『男たちの旅路』は、私はリアルタイムの時は小学生以下だったと思います。大人になってから再放送で1話か2話、観たことがある程度。しかし親世代や私よりもう少し上の世代のかたには、とても人気があったことは知っています。主役は鶴田浩二さんで、今は大御所と呼ばれるようになった水谷豊さんの出世作ということも。

 大人になって再放送で観たときは、私はもう山田太一さんのファンだったので、かなり期待して観ましたが、やはりまだ戦争の影を引きずりながら、新しい時代との狭間に生きる当時の世相がリアルにはピンとこなかったのと、水谷さんの演技が「当時の若者」として少し過剰に思えて、うまく感情移入はできませんでした。もちろん「過剰」ではなかったのです。私は水谷さんの『熱中時代』の大ファンだったので、小学生の頃リアルタイムで観ていた時は「若く、一生懸命な先生」に強く憧れを抱き、演技が過剰だなんて思いもしませんでした。あのときの「北野先生」と、『男たちの~』の杉本陽平の間にはそこまでの差なんてなかったのに、時代を超えて視聴したらなんだか「熱すぎる」と感じたのです。不思議なものです。きっと今『熱中時代』を観たら、そう思ってしまうような気がします。なにしろ、今の水谷さんは「右京さん」ですから、あの押さえた感じの演技とは全く違う、水谷さん。それもすべてが時代、というものでしょう。

 

 さて、シナリオ集を読むにあったって、まずは『ふぞろいの林檎たちV』を読みました。

 馴染みがあったし、だいたいのストーリーは、なんとなくでも頭に入っていたからです。ちなみに、私の小中高時代は、テレビというのは地方局が番組を買ってくる時代でしたので、「観ることのできないドラマ」というのがたくさんありました。どんなに人気ドラマでも、テレビ局が買い付けなければみることができません。そのドラマの中のひとつが、『ふぞろいの林檎たち』でした。

 私は中学校の昼休みに「TBSが視聴できるエリアにいる友達」であったH子ちゃんから、逐一、ドラマの内容を拝聴しました。それで、良雄はどうなったの?それで時任三郎はどうしたの?と、役名と俳優さんの名前をごちゃまぜにしながら、完全に、耳から聞くだけのダイジェスト。時任三郎かっこいいんだよ、とか手塚理美ってなんかキツい女でさとか、H子ちゃんの解説も入りつつ、です。

 今だったらある意味タイパと言われてむしろ推奨されるのでしょうが、私はH子ちゃんからちょっと大人びたドラマの展開を聞くたびに、ああちゃんとテレビでドラマを観たいものだと感じつつ、必死で頭の中でドラマを組み立てたのでした。

 

 未発表の『ふぞろいの林檎たちV』は、私の頭の中に完ぺきにドラマを届けてくれました。前後編。私の中では、ちゃんと40代設定の中井貴一や柳沢慎吾、時任三郎や手塚理美や国広富之や石原真理子や高橋ひとみが、見事に動いて、話していました。俳優さんのイメージのない新しい役には、勝手に今どきの俳優さんなどを脳内補足。

 実をいうと、シナリオを読むのは不慣れです。これまであまり読んだことが無かったので、書籍が出ると聞いたときに「小説じゃなくて、シナリオか――」と少し躊躇していました。しかし、それはすべて杞憂でした。確かに小説を読む時とは違うのですが、むしろ「読んでいる」感じがありませんでした。完全なる脳内ドラマ。それがまさに、脚本家としての本領が発揮されている証なのだと思います。

 

 『男たちの~』のシナリオを読む前に、私は少々記憶の旅をしました。

 山田太一さんの小説が好きで、特に『異人たちとの夏』がとても好きで、影響もかなり受けました。他にも『飛ぶ夢をしばらくみない』や『丘の上の向日葵』『君を見上げて』など、特に1990年前後の本はよく読みました。

 山田さんの作品と言うのは、テレビドラマでもそうですが、平凡な人間の平凡な日常が会話を中心に群像劇で描かれるものが多く、そこに唐突に異質なものが紛れ込んだり、違和感のある展開になったり、不思議なことが起こったりします。中でも私は少しSF風味のある『異人たちとの夏』が好きだったのです。

 

www.shinchosha.co.jp

 

 『異人たちとの夏』は、大雑把に言うと、ひと夏、「異人」と交流した男性を描いた作品です。どういう異人、だったかは、ぜひ、読んでみていただきたいです。少しだけネタバレすると、人がまばらにしか住んでいない「ゴーストマンション」に住む妻子に逃げられた男性が、同じマンションに住む女性と知り合い、親しくなります。そのころから、ちょっと小道を曲がると昭和時代に住んだ家にたどり着き、そこで亡き両親とも親しく交流を重ねるようになります。男性は、そのノスタルジーに魅了され、辛い現実から目を背けるように、その世界にどっぷりと引きこまれて生き、そして――。

 結末は、衝撃的で、かつ、とても切ないものでした。

 映画にもなりました。主役は風間杜夫さんでした。

 ちなみにこの作品は、1988年に第1回山本周五郎賞と第8回日本文芸大賞を受賞しています。1988年が山本周五郎賞の第1回だったんだ!ちょっと驚き。

 

 昭和の時代、テレビという媒体を通して、たくさんのドラマが生み出され、私たちのもとに届けられました。山田太一さんの作品は、常に「世代間の葛藤と軋轢」がテーマだった気がします。戦争も引きずっていて、戦後というものも意識されていたと思います。

 例えば『ふぞろいの林檎たち』も、今の時代に似たようなテーマでドラマを作るなら、おそらく同級生たちのあれこれが描かれるだけで、その上の世代の人間模様まではあまり描かれることはないかもしれません。今は世代間ギャップの内容は「毒親」や「呪い」と言った言葉に置き換わっていることも多く、上下の世代をドライに切り離すことが推奨され、泥臭いような感情交流は避けられる傾向にあると思います。

 今回、幻の「Ⅴ」を読んで、山田作品が主人公が年齢を重ねる中で、変化していく時代と世代感覚といったものに常に敏感だったことがうかがえました。

 

 山田太一さんの最後のテレビドラマは2016年の渡辺謙さんのドラマだったようです。2016年というと私にとっては最近の部類なのですが、すでに7年前。その翌年に倒れられたことを考えれば、観ておけばよかった、と思います。残念です。

 

 『ふぞろいの林檎たちⅤ/男たちの旅路<オートバイ>山田太一未発表シナリオ集』の巻末には今回のシナリオに関する補足も載っていて、舞台裏なども知ることが出来ました。著者の頭木さんのロングインタビューが、近く刊行されるようなことが書いてありましたので、それも楽しみにしたいと思います。

 この本の刊行については、山田さんご本人も喜んでいたそうですが、「ただ、そんなもの買う人がいるかな」ともおっしゃっていたそうです。

 ――速攻で、買いましたよ、山田さん。

 山田太一さん、素晴らしいドラマの数々、そして小説の数々を、届けてくださってありがとうございます。心からご冥福をお祈りいたします。