みらっちの読書ブログ

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中世と絶妙に相性がいい【町田康】

 

 町田康さんはミュージシャンです。常々、音楽と文学というのは密接な関係にあるんじゃないか、と思っています。音楽家でもあり作家である町田さんが「琵琶法師」の世界を描く。もうそれだけでわくわくします。

 

 「ギケイキ」は「義経記(室町時代に成立したと思われる源義経とその主従の物語)」です。「ギケイキ」はそれを原本として町田康さんが書き下ろしたもの、になります。

 

 実は私、一度1巻を売りました。最初はただ「義経記」という古典物語を現代風に面白おかしくアレンジしただけのものと思っていて、読み返すことはないだろう、と思ったのです。ところが、なんとなくまた読みたくなり、電子版でもう一度購入。「あれ?やっぱりこれ面白いかも…」と思い、そしてどうしても紙の単行本で読みたくなり、もう一度買ったのです。私にしては珍しく、同じ単行本を三冊買ったことになります。しかも文庫本ではなく単行本(電子版も)。普段、そんなことは絶対しません。絶対に。なんでそんなことをしてしまったのか…。もはや、次第に魅力に取りつかれてしまった、という他に言い訳のしようがありません。

 

 この小説、好き嫌いは別れると思います。この本の帯にも「デビュー20周年 娯楽大作」と書いてあります。「古典」の「現代訳」だと思って読み始めると、もしかしたらブックオフに持って行きたくなるかもしれません(すみません)。これは「超訳」。もともと室町時代のエンターテインメントである「義経記」のさらなる現代版エンターテインメントなのです。断じて先入観禁止です。

 

www.kawade.co.jp

 

 

町田さんの本で最初に読んだのは『パンク侍斬られて候』。

 

www.kinokuniya.co.jp

 

 

 その音楽的で独特な文体に初めて出会い、衝撃を受けました。クドカン(宮藤官九郎さん)さんが映画化してますが、それはそれで綾野剛さん良かったですが、こちらはやはり原作をオススメいたします。

 

 それから、拾ってきた猫のことを書いたエッセイ『猫にかまけて』も涙なしには読めません(町田さんは猫好き)。

 

 

bookclub.kodansha.co.jp


 さて。「ギケイキ」に戻ります。

 この本の源義経は900年後の現代に生まれ変わっているか、あるいは魂をそのまま受け継いで存在している設定になっています。その視点から、現代人として過去の自分、つまり義経の生涯を振り返って語るのです。

 

 そのSFともファンタジーとも言える設定自体に、違和感を覚える人もいるでしょうし、そのうえ、際立って特徴的な文体です。「いてこます」「マジか」など表現も下世話で現代的過ぎます。ですが、だからこそ、当時の息吹や空気感、そしてその当時の人たちが置かれた状況、感じ考えていたであろう心情が鮮やかに伝わってくるような気がします。とくに関西出身である町田さんと京都育ちの義経さんは言葉の相性がばっちり。

 

 『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』はルポルタージュ作家の高野秀行さんと歴史学者の清水克行さんの共著ですが、この本も面白かったです。選択する本がまたちょっと一筋縄ではいかない本ばかりで、ガチンコでビブリオバトル。お二人ともすごく楽しそうです。

 

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この中で「義経記に書かれていないことを義経自身が説明している箇所が適切」だという話がありました。そして、武蔵坊弁慶のキャラ設定が秀逸!と。町田さんの武蔵坊弁慶は、とにかく歌舞伎やドラマで定着しているこれまでの弁慶のイメージを軽く超えて、超えすぎていて、昔の、あるいは自分なりの弁慶のイメージを持っている人はびっくりしてしまうと思います。

 

 町田さんの「ギケイキ」は確かに突飛で、一見現代語訳として不適切に思われますが、義経が生きた時代のことを適当に語ったり室町時代の原作を無視しているわけではありません。キンドル版一巻解説は古典エッセイストの大塚ひかりさんですが、大塚氏によると、この「ギケイキ」は、「音からの当て字や言葉遊び、果ては地名の命名までを繰り出す古典の技法」にかなり忠実だとのこと。リズム重視の町田氏の文体は、文中に出てくる無意味な音や言葉の繰り返しなど、いわゆる「とっぴんぱらりのぷう」に似た、中世には珍しくないオノマトペだったり、調子を取ったりすることに通じて、中世文学としてまったくの王道だとありました。

 

 中世文学、とここで言いましたが、中世の文学の多くは琵琶法師などの「語り」、つまりストーリーテリングに寄って立つものです。「語り」の多くは室町時代に文字化され、「吾妻鏡」などの鎌倉時代に政府の肝いりで書かれた史書とは違い、リアルな時間とは下手をすると100年単位でタイムラグがあります。特に「義経記」は義経の時代から200年以上後の作者さんたちが虚実織り交ぜて創作した「お話」です。


「ギケイキ」では(もちろん「義経記」でも)、義経の軍事的な八面六臂の活躍は語られることはありません。そのへんのことは「平家物語でも読んでね」で済まされています。メインはそこではなく「どんな風に生まれ育ち」「なぜ頼朝に味方し」「なぜ恨まれ」「どうやって逃げたか」その道中。いわゆる「貴種流浪譚」です。当時の人々の「平家物語は知ってるから、もっと違う、下世話で面白おかしい話とか、泣ける話をしてよ」という熱烈な要望があったのかも、などと想像してしまいます。もともとが「平家物語スピンオフ」感あふれているものなのです。

 

 さて、私が「ギケイキ」で最も興味をそそられたのは、平安末期から鎌倉・室町の人々にとっての「神仏」の在り方でした。


 当時の「寺」は「神仏習合」で神も仏も集まるところであり、国内外の学問と思想、当時のインテリが集まる場所でした。そして社会からこぼれおちたアウトサイダーや、義経のように命からがら流れてきた「貴種」のように、身分は高いけれども行き場のない次男三男(もっと下も)が寄り集まる場所でもあったのですが、そういうことは授業で聞いたりしただけではなかなか具体的なイメージができないものです。私はこの本で、この時代の「寺」や「僧」というものを具体的にイメージできた気がします。色々な現代語訳や歴史ものなど読んだりもしてきましたが、そのあたりは「歴史を習って来たなら基礎知識である」とでも言うかのように、懇切丁寧な解説はなされないのが普通です。何を読んでもどうもどこかで現代のお寺やお坊さんのイメージを引きずっていました。そこに一線を引いてくれたのが「ギケイキ」の「超訳」解説だったと思います。確かに賛否両論あるであろう「超訳」ですが、イメージを喚起する力は抜群です。

 

 末法の世の平安末期の都の周辺は、流浪のインテリセレブとヤンキー系僧侶とヤクザ系武士団で有象無象のエネルギーが満ち満ちた、ワイルドな世界だったのですね。そしてまた、当時の人々にとっての「神様仏様」に対しての感覚にハッとしました。お盆と正月しか縁のない現代人とは全然違っていて、生きるも死ぬもハッキリクッキリしていて、濃度が濃い、というか。義経の時代は「生命」を脅かすものが現代とは比較にならないほど数多くしかも強大で、そのぶん、神様や仏様の力も現代とは比較にならないパワーで存在していたのね、と素直に思えます。

 

 平安末期、鎌倉、室町って歴史の勉強で嫌な部分だったりしませんでしたか。私は結構嫌で、すっとばして戦国いっちゃおう、みたいな感覚がずっとありました。なかなか興味がわかなかった、というか。「ギケイキ」のおかげですっかりこの時代に興味津々。結局、ここから派生した興味でさらに本を読む羽目になりました。


 そんなふうに、思いがけない方向性を与えてくれた、想像力を刺激する「ギケイキ」。4巻刊行予定で、いまのところ2巻まで既刊です。3巻がいつ出るのか楽しみにしております。

 

 ところで町田さんは河出書房新社の池澤夏樹個人編集日本文学全集でも「宇治拾遺集」を現代語訳していますが、これもまた、面白いのです。「ギケイキ」と同様、彼の日本語のリズムや音感センスには惚れ惚れとしますし、なにより愉快。古典をこんなに面白く読んだことはないです。

 

www.kawade.co.jp

 

 とにかくわかりやすい現代語訳なので、平成以後に生まれた人はこれ以上前の全集で古典を読むのは困難になってしまうんじゃないかと思うほど。やっぱり訳というのは同時代人のセンスというのが重要だなと感じさせてくれます。私も少しずつ図書館で借りては読んでいます。この全集では現代の作家さんが訳を担当しそれぞれに鮮やかな切り口で日本の物語を伝えてくれていますが、町田さんの訳は中世の空気感において圧倒的存在感があると思います。町田さんの「こぶとりじいさん」(別のタイトルで掲載されていますが実に滑稽洒脱なタイトルです)、ぜひご堪能あれ。

 

2023年追記:12月1日にふらっと書店に行ったら、11月末日発売の『ギケイキ3』に巡り合いました!呼ばれた・・・と思っております。近日中に、『ギケイキ3』の感想文を書きます。

 

※2023年10月1日にサービス終了となった「シミルボン」では、希望者ひとりひとりに投稿記事のデータをくださいました。少しずつ転載していきます。

初回投稿日 2021/1/29  17:28:07

 

※今回のVol.20で終了いたします。読んでいただきありがとうございました。

(他にもいくつかシミルボンに掲載した記事があるのですが、そのほとんどがはてなからの転載だったので)