みらっちの読書ブログ

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届けたい人に届かないもどかしさ【スマホ脳/アンデシュ・ハンセン】

この本を手に取る多くの方は「子供のスマホ問題」に悩んでいるのはないかと思います。

 

なにしろ帯に「スティーブ・ジョブスはなぜわが子にiPadを触らせなかったのか?」という惹句がついています。いやぁ、それ知ってるけれども。有名な話だけれども。いろんな本がでているけれども。この惹句は多少怪しいけどベストセラーということだし、うん。何か気持ちの落としどころが見つかるかもしれない。

 

すみません。私自身がそんな気持ちで読みました。

 

著者のアンデシュ・ハンセン氏はスウェーデンの現役精神科医。多くのデータを分析し、臨床体験と照らし合わせ、親しみやすい語り口で解説してくれています。また北欧の国スウェーデンは日本からは少々遠い国。その国の現状を知る意味でも、なるほど日本と変わらない、世界中が今「そのこと」に悩んでいるのねということがわかります。

 

1万年前からさほど変わらない脳味噌を使っている人間が、人類の長い歴史の中では大河の1滴にも思える技術革新で変わってしまう。あるいはついていけずに適応障害を起こす。「デジタル社会に適応できないのが当たり前」の古式ゆかしい脳味噌には荷が重い「報酬系を刺激し続けるスマホ」。それに依存する危険性を、もっと多くの人々に知ってもらいたいという著者の熱を感じる本です。

 

特徴的で面白いと思ったのは著者の実体験に沿っている記述です。やはり患者さんと接する日々の中での問題意識の持ち方が、「家でスマホばっかり見てて、なんかうちの子ヤバイんじゃないかしら」という漠然とした心配とは一線を画しています。実際に若い患者さんがメンタルの不調で受診されたり薬に頼らなければならない現状は由々しき事態であるし、それが「スマホが原因であるか否か」はお仕事の上で切実な課題だったと思われます。うつや依存症・強迫症の説明も、太古の人間には必要不可欠だった能力の「なごり」である脳に刻まれた歴史な部分を絡めていて興味深かったです。

 

様々な実験データを読み、実際に自分でも実験し、あるいは方法を試し、そして「いやいやそうはいっても」と反証を試みる(しつこいようだが、と反証するときにしょっちゅうおっしゃりながら)、その真摯な姿勢は読んでいるこちらにもひしひしと伝わってきました。

 

若干疑問だったのはWHOがゲームの依存症を病気認定しているのにゲーム機でのゲームやPCの使用については特段「悪者扱い」していなかった点です。正直ちょっと「スマホだけ目の敵」的な部分は無きにしも非ず。確かにスクリーンのブルーレイの問題やSNSとの密着度、携帯性利便性からしてスマホに特別な点があるのは確かだと思いますが、ゲーム機やPC等のデバイス比較においては明確ではなかった気がします。とはいえ、スマホを傍らに置いて暮らすことは、依存症となんら変わりない精神状態であることははっきり認識すべきだと肝に銘じました。

 

お酒は二十歳になってから。でもスマホは無法地帯の荒野。それはスウェーデンだけの問題ではありません。大人も子供も、いまはただ、荒野で彷徨っているのと大差ない状況です。デジタルネイティブと呼ばれるミレニアル世代やZ世代の子供たちは、荒野に生まれて荒野で育ったために、荒野の危険性を認識することすら難しいかもしれません。もう最初からガブガブお酒飲んで育った子に、お酒はちょっとにしようねと言っても無理。

 

人間の理性はいつから育つか、この本のデータを読んでよーく考えてみてね、とハンセン氏は訴えています。

 

このコロナ禍で「人間ってこらえ性がないんだな」「わかっているけどできないって理性が弱いってことだよね。人間って前頭葉が弱ってるのかな」と思うことが多々、ありましたが、この本を読んでなんだか分かった気がします。専門家でもないのにそれまでスマホのせいするほど厚かましくないですが、この本を読むとそんなことを考えたくもなります。

 

問題を提起して警鐘を鳴らす本なので、少々煽り気味な部分もあるかもしれません。この手の本をよく読む方にとっては特別目新しいことがあるわけでもありません。「たぶんこういう帰着だろう」というところに帰着します。ハンセン氏ですら「いろいろ反証試みたけどやっぱりそういうことになっちゃう」みたいな感じです。

ただひとつ言えるのは「難しいけど付き合っていかなくちゃいけないんだな」ということ。脳味噌とも、スマホとも。折り合いをつけていくことが必須である、ということ。スマホのない世界にいまさら住めない子供たち(自分もだけど)を、老人(自分もだけど)が寄ってたかって「生きる力がない」と言ったところで、どうしようもありません。

 

子供にしてみたら「このままじゃ病気だよ」と言われたところで「んじゃどうしたらいいの」と言いたくなるでしょう。「運動して、よーく寝て、ストレスは少しにして、スマホの時間をちょっとにすればいいんだよ」。すっごく当たり前です。新型コロナ感染症対策と同じです。「運動して、よーく寝て、栄養取って、外出をちょっとにすればいいんだよ」。今現在大人がそれができずに世界が大変なことになっています。まずはその基本中の基本が脅かされていることに、自分たち自身が気づかないといけない。そして子供に気づかせないといけない。本当に大事業です。国家事業並みです。この本では親切に、最終章のあとのおまけで「デジタル時代のアドバイス」をつけてくれています。この通りにできたら、きっとデジタルとうまく付き合っていけるはずです。できるかどうかは「あなた次第」。

 

問題はこの本が最も読むべき世代に届かないことだと思います。まずこの帯の「今からコントロール的なことをいうぞー」という惹句にドン引きすると思います。親世代がこれに惹かれる(かもしれない)のとは真逆です。彼らが積極的にこの本を手に取るとは正直思えません。子供たちは敏感に「コントロールされる」ことを嫌悪します。特に思春期。もうすでにかなりのところスマホにコントロールされているというのにそんなことは棚上げです。非常に瞬発的な反応がきます。このあたりも子供たちの現実認識の不安定さを感じずにいられません。

 

実際に病気になって受診している子供たちは思春期の子供が多いとのこと。幼い子供に対してはまだ親がこの本を読んで対処するという手が残されているかと思いますが、現実的に親がコントロールできるラインを超えてしまっている場合は引き続き試行錯誤するしかなさそうです。

 

一応、息子に「お母さん『スマホ脳』って本を読んでさぁ…」と言いかけましたが、「はい。中毒性あるから依存症になるって話でしょ」とバッサリ。子供たちがどれだけ日々そう言われているか、そんなことは知ってるけど何か?的な人にどう説明したらいいのか、わからなくてやっぱり途方に暮れています。「ちょっと読んでみてね」「うん怖いよね」と読んでないのにいう子供たちにどうすれば?

 

有名ユーチューバーの啓蒙やアニメとデジタル音声での動画解説をお願いするしかないのかも。そしてそれを彼らは「スマホで」なら観るかもしれません。

 

※2023年10月1日にサービス終了となった「シミルボン」では、希望者ひとりひとりに投稿記事のデータをくださいました。少しずつ転載していきます。

初回投稿日 2021/1/16  15:49:27

 

※この本は2021年にベストセラーになっています。今も売れ続けていて、続編も登場しているようです。続編はまだ読んでいませんが、現代人にとって最も関心がある内容なのだと思われます。2022年にはChatGBTが登場し、生成AIの問題が浮上して、人間とデジタル機器の関りはどんどん変化しつつあります。記事を書いてから2年半しか経っていませんが、世界が音を立てて変わっているような気がします。