みらっちの読書ブログ

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必読!いまこそ読みたい【臨床の砦/夏川草介】

こんにちは。

 

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久しぶりに、本を読んで泣きました。活字中毒で年中本を読んでいるので、結構耐性が強くなっていて、滅多なことでは泣かないんですが。

 

www.shogakukan.co.jp

 

作者の夏川草介さんは長野県の感染症指定医療機関に勤める内科医です。代表作に『神様のカルテ』があって、いずれブログでも取り上げたいなと思っていました。

 

この『臨床の砦』は、2021年1月に勤務する医療機関が「医療崩壊」寸前になったときのご自身の経験をもとに新型コロナウイルスの診療現場を克明に描いたもので、つい先日出版されました。出版社からはドキュメント小説と紹介されています。執筆期間は長くなかったと思いますが、その分、たいへんな集中力で書かれたのが感じられますし、「なんとかこのことを伝えなければ」という強い使命感と熱量が詰まっているように感じました。小説ではありますが、臨床の記録として貴重な史料でもあると思いますし、このコロナの時代を象徴する作品になるんじゃないか、と思います。

 

そのうえ、小説としての完成度も高いです。最初の1行を読んだとき、(そんな記述はいっさいないのですが)びゅっと冷たく湿った寒風が顔を打ったような感じがあり、いきなりトップスピードで引き込まれました。そういう小説は、意外とないです。そして最後まで、その緊張はほとんど緩むことなく、ピリピリと張りつめたまま進みます。読み進めるにつれ、胸の痛みを抑えることができません。ある意味、苦しい小説、です。

 

あらすじは上のリンクの紹介を読んでいただくとして、夏川氏がネット記事のインタビューなどにこたえて「現実そのままではないが、嘘は書いていない」とおっしゃっているように、限りなくノンフィクションに近い小説だと思います。というよりむしろ、本当に書きたいことを書くために小説(フィクション)にしなければならなかったのではないかと思いました。たとえば、

 

今回なんとか持ちこたえたのは、個人の必死の努力と熱意が集まって、偶然、幸運な結果を生んでくれたからに違いありません。次に来る第四波には通用しないと思います。コロナ診療の最大の敵は、もはやウイルスではないのかもしれません。敢えて厳しい言い方をすれば、行政や周辺医療機関の、無知と無関心でしょう。

 

 といったことを正面から描けるのは、フィクションだからこそ、という気がします。ノンフィクションのドキュメントにしてしまうと、ある種の批判ととられかねないことをオブラートに包むのが難しくなります。登場人物を小説的なキャラクター設定にしたのも、医師たちに「本音」を語らせたかったからかもしれません。それくらい、訴えたいことが切迫していたんじゃないか、とうがった見方をしたくなるのです。

 

これまでのブログでは、廃版だったり昔の本で、簡単に読むことができない本が多く、あらすじを詳しく説明したりして実際本を読まなくてもその本を読んだ気になるブログにしようかな、と心がけていますが、今回は出たばかりの小説でもあるので、説明的なブログにするのはやめておきます。

 

書きたいことは山ほどありますが、いままさに、ぜひ、読んでいただきたい、というにとどめます。これほど熱くお勧めすることも、まあ、滅多にないですね。そのくらい、オススメです。

 

あえてひとつだけ、医療従事者の方のご苦労については、様々な報道などから「大変なのだろうな」と想像していましたが、この本に描かれた高齢の重症患者さんたちを受け入れたときの看護師さんたちのあまりの業務の多様さと量に驚き、ショックを受けました。想像を絶します。

 

医療従事者の間にも、様々な溝があり、葛藤があり、その中で新型コロナの患者さんを診てくれる医療従事者の方々が、感染の危険に身をさらしながら、文字通り決死の覚悟で必死に献身してくださっていることに、ただただ、頭が下がる思いがしました。

 

主人公の医師である敷島が「この病院は、コロナと戦う砦だったのだと思います」という場面があります。

 

以前このブログで紹介した『孤塁』を思い出しました。どちらにも寄る辺のないまま身を挺して「塁」、まさに砦を護る人々が描かれています。『臨床の砦』に描かれている方々は日本中で今新型コロナと戦っている病院に、実在していると思います。

 

小説内に「相模原論文」という、日本で最も最初に新型コロナ感染症を受け入れた病院が、周辺の感染症専門病院や大規模病院から患者の受け入れを拒絶されながら、また風評被害にさらされながら、専門外の医師たちが懸命に治療に当たった記録がある、という記述があり、敷島たちはもはや消耗戦となり院内感染にまで至った自分たちをその論文によって励ましつつ戦った、と述懐します。全く未知の感染症と戦うという、過酷な状況にいた医師の方々もまた、塁を護った人々だったと思います。

 

いまこの時にも、孤塁を護って戦っている人がいる、ということを忘れず、ただただ、自分にできること、つまり感染症にかからないよう、予防につとめよう、と、気持ちを新たにする本でした。