みらっちの読書ブログ

本や映画、音楽の話を心のおもむくままに。

誰が何と言おうと自分らしく【まだまだです/カン・ハンナ】

こんにちは。

 

猫舌と知りながら母は熱々のコーヒーを出した旅立ちの朝

 

今日は、カン・ハンナさんの歌集です。

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たまたまテレビをつけたときに観たNHKEテレ「短歌de胸キュン」という番組で、カン・ハンナさんを初めて拝見しました。

 

私がテレビで見たのは来日八年目ということで、ちょうど、初めての詩集が出ることになったときの回でした。日本語を勉強する中で観たアニメーション「言の葉の庭」で出会った「万葉集」に心惹かれ、その数か月後にたまたま「短歌の番組に出てみないか」と誘われて、オーディションを受け、来日二年半で短歌を始めたそうです。その二年後、角川短歌賞で佳作に入選します。現在は大学の博士課程で学んでいるとのこと。

 

どんなに言葉が流暢でも、異国の言葉でその国の古来から続く文化を自分のものにして表現するのは、並大抵のことではないと思います。英語が得意な人がみんな、詩を作ることができるわけではありません。それどころか私など、母国語で急に短歌や俳句を作れと言われてもできる気がしません。

 

番組で、短歌をいちから丁寧に教わったそうですが(それもまた番組の趣向だったのでしょうが)、それにしても、日常会話くらいの日本語から、これほど豊かな表現ができるようになる過程には、感性のみならず強い意志と努力があったのだろうと思います。

 

机には消しゴムのカスと干からびたコンタクトレンズ散らばったまま

 

千四百年を超える日本の最古文学である短歌と、一言も日本語を喋れずに日本に来た韓国出身の私との物語を少しお話します。

 

 あとがきには、そんなふうに、彼女と短歌との出会い、詩集を出すに至るまでの経緯が書いてありました。

 

できれば私自身も韓国と日本の間の架け橋になれたらと心から思いながらも、一番難しい国同士であることを実感しています。正直に言いますと、韓国出身の私が短歌をやることは思うより大変な道が待っているのかもしれません。それでも私が短歌を詠い続けてゆきたいと思う理由は、両国を想う純粋な私の気持ちが一番伝わる場所だと信じているからです。 

 

「まだまだです」というタイトルにした理由については、日本に来たばかりの頃は「ありがとう」とお礼を言うのにどうして自分を低めるのかがわからなかったのだが、この言葉を使い続けるうちに、心から謙遜の気持ちが湧くと同時に、まだまだの私だからこそこれからもっと伸びるという前向きな気持ちになれる、素敵な日本語だと気がついたとのこと。

 

「日本語が上手ですね」と言われると「まだまだです」が口癖になり

 

おそらく今年40歳になられるカン・ハンナさん。歌集に収められた短歌を書いたのは、いわゆる「アラサー」と呼ばれる年齢からだったようですが、まさに「アラサー女性」の赤裸々な心情が、ときどきはっとする毒ものぞかせながら、歌に表現されています。

 

独身で女でしかも海外で心配なことばかりと親は

 

結婚はタイミングだと言われた日 独りの部屋でおなら出し切る

 

娘など家を継げない他人だと言ってた祖母も誰かの娘

 

ご両親、特にお母さんを想う歌も多いです。

 

空っぽの娘の部屋に寒い日は床暖房を入れる母がいる

 

眼が赤くなっていますよ七階の窓から母がそよと手を振る

 

色々、いいなあと思う歌はあるのですが、特に海外で暮らすことを詠った歌が多く心に残りました。

 

ソウルだと只のおかずが渋谷では千円を超すナムル盛り合わせ

 

わかるー。その国では添え物なのに外国に行くとメチャメチャ高い!とか。

 

伝えたいことが浮かばず日本語も片言になりすべてが悔しい

 

恋愛の歌なのですが、これは外国に住んでると普通に良くありますね。ほんとに。

 

匂いには匂いの思いが生きていて醤油の匂う成田空港

 

確かに空港にはその国の匂いがあるように思います。

 

日本語の「行けたら行く」は「待たないで」の意味だったのか 飴を舐めつつ

 

これ、恥ずかしながら私自身、日本人で日本語なのにわかっていなかった若い日がありました。外国のかたなら余計に辛い思いをしただろうなと思ってしまいました。

 

 カン・ハンナさんは、どうやら母国で色々あったのだろうと推察されます。母国ではタレント活動をしていたようですし、ネット炎上したり、バッシングされたりした過去があったのかもしれません。追求しませんでしたが、韓国でのカン・ハンナさんのことを、ご存じの方はご存じかもしれないですね。おそらくは心機一転来日し、日本で恋愛したり恋に敗れたり、いろいろな出来事もあった様子。

 

私はこの歌集でしか彼女のことを知りませんが、日韓の間の単純ではない行き違いや、切なくてひりひりした感情、東京でひとり生きるさまざまな想いを三十一文字に載せているカンさんの歌には、なにか不屈の精神みたいな強さと同時に、とても純粋でキラキラしたものを感じます。この歌集には、異国で頑張る人の思いが溢れていて、また、同じように頑張っている人への応援や共感に満ちていて、時々開いては、そこにある言葉を読みたくなります。

 

そよそよと風は吹くようソウルでもサルランサルラン風は吹くだろう

 

貸し切りの中央線の窓越しに溶けたバターのような朝の陽

 

読んでいて、ふと、1988年のスティングの「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」を思い出しました。

 

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若き日のスティングがカッコいい。ブログタイトルはここからいただきました。

 

たまたま生まれ、住んでいるだけの地域なんですよね、国って。選んで生まれてきた人は一人もいないわけで。それでも生まれた場所や故郷を大事に思うようになっていくのは当たり前のこと。生まれた土地を離れて生きていく人もいて、それもまたよし。それぞれいいところがあることから目を背けて、互いの関係に傷つけたり傷つけられたり。諍いに疲れ果てるのはもうやめて、できれば地球人として生きたいものですなぁ、と、また思うのでした。難しいことですが。