みらっちの読書ブログ

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清々しい読後感が味わえる一服の清涼剤のような物語【武士とジェントルマン/榎田ユウリ】

 

榎田ユウリさんは、BLやライトノベルの作家さんだそうです。
読後、久しぶりに清々しい読後感を味わいました。

しいて言うなら、これに似た爽やかさ。

 

books.bunshun.jp


こちらは青春スポーツ小説です。武士(宮本武蔵)に憧れる剣道少女が出てきます。

 

さて、『武士とジェントルマン』。

 

www.kadokawa.co.jp

 


イギリス人アンソニーが恩師の勧めで日本に来て、滞在したのは「武士の家」。「現代武士」という設定には無理がありそうなのに、読んでみると意外とすっと受け入れられます。

 

本の説明には「ラブロマンス」とありますし、表紙や挿絵も萩尾望都先生と、いかにもラブでロマンスな体を装っていますが、全然、ラブロマンスではありませんでした。榎田さんの小説だから、ラブロマンスでなければならないという暗黙の前提があるのでしょうか。もしかしたら従来の榎田さんのファンの方々は、この作品では少し、期待を裏切られているのかもしれません。

 

武士の家に居候する40代の英国紳士アンソニーは伯母が日本人で日本語が流暢です。彼はアジアの宗教を専門にしている大学講師で、日本の習俗や風俗などへの理解があり、学者さんなので非常に勉強家です。

 

居候先の主、「現代武士」の隼人(はやと)は二十代後半。姿かたち、立ち居振る舞いから言葉遣いまで時代錯誤なほどの「ザ・武士」。普段から、「せっしゃ」、「ござる」、という話し方をします。

 

「現代武士」は、警察のちょっとしたお手伝い、地域の見回り役のようなボランティア的な活動をしています。先祖に武士を持つ家などがその担い手となっていますが、階級的な意味合いはありません。着物や髷、帯刀は許されていますが、基本的には竹光や竹刀などを携帯したり、あるいは普段は帯刀しない武士も多いようです。街中で「武士」を見かけるのは珍しいことではなくても、その存在は多少奇異なものとして受け止められているようです。

 

このあたりは「よしきた、そういう世界観ね」と了解できるかどうか、人によって難しいところかもしれません。うまく説明されているとは思います。

 

さて隼人は、形骸的な、コスプレっぽい活動をしている武士が多い中で、「武士道」を精神的支柱にしている、珍しいタイプの「武士」でした。祖父の強烈な思い込みに支えられた教育により、「武士」として成長する過程で無理をして育っています。

 

アンソニーは「紳士」です。そういう環境に生まれ育ち、理性的に自分を律して生きています。とはいえ40代、それなりの人生の機微を知っています。「紳士」と「武士」には共通点も多いのですが、異国のかけ離れた存在であるにもかかわらず、その生き方やスタイルを認めようとする姿勢が人として魅力的です。

 

異文化からの目線を持ったアンソニーの存在と、様々な出来事を通して、次第に隼人のアイデンティティが揺らいでいくのですが、過去に向き合い、過去を受け入れることで回復していく、これは一種のセラピー小説だと思います。

 

隼人が変化していく過程には、現代社会にある問題、たとえば家庭内虐待やいじめ、認知症を患う高齢者との同居、ヤングケアラー、高齢者の詐欺被害問題や性同一障害と同性婚などなどが、これでもかと詰め込まれています。そのひとつひとつが隼人の傷を刺激するのですが、アンソニーは日本独特の文化を学びつつよく理解し受け入れ、隼人の生活のサポートをしている隼人の従妹、栄子とともに、暖かく彼を見守るのです。

 

ほんとに…
純粋にいい話なんですよ、これが!!

 

それぞれに違う生き方を、互いに認めあう。傷ついた人のそばにいて見守り、立ち直るのを待つ。イケメンが揃うとすぐに「ボーイズラブ」になりがちな昨今に投げ込まれた一服の清涼剤のような物語です。主人公格のふたりは十代ではありませんが、物事への向き合い方に少年のような純粋さを感じます。子供たちも沢山登場し、むしろジュヴナイル。青春小説です。

 

隼人には親や親族との関係に苦しんだ傷、アンソニーにも心の傷があります。ふたりとも真面目で何事にも真剣で、心からの言葉や態度、心がけを大切にしています。周囲は彼らに優しく、暖かく接し、そんな中で隼人とアンソニーも、お互いを尊敬する友情をはぐくんでいくのです。

 

設定は少々漫画的でラノベらしいとも言えますが、内容は小学校高学年の夏休みの課題図書でも何の問題もありません。というか、むしろ課題図書にしてもらいたいくらいです。

 

後半、隼人に憧れて北海道から上京してくる、ルリという女の子が出てきます。その子もまた物語を牽引するキーになるのですが、このお話に出て来る少年少女は得てしてみんなひたむきでけなげ。

 

彼らを陰から支える、肝っ玉母さんのような栄子の存在も重要です。「43歳独身、離婚歴あり子供なし、プロの家政婦」と自己紹介も端的な彼女の作る料理はただ美味しいだけではなく、隼人の周囲の人々を安心させ、癒します。しかもただの「お手伝いに来ているいとこ」ではなく、隼人の苦しみを理解し、かつ出しゃばらない、距離感が素晴らしい。そして博識で聡明。小説中に出てくる料理やお菓子がみんな美味しそうです。

 

異国からきたアンソニーは「武士とは」「強さとは」と、隼人に理詰めの説明を求め、武骨な隼人は言葉ではなく態度でそれを示します。あるいは、彼の親友が代弁してくれることもあります。アンソニーの語彙力と論理力による言葉の定義や説明の数々も、なかなか穿っていて面白いです。翻って、ルリからは「騎士道と武士道は違うの?」と尋ねられ、窮しながらも真摯にルリに説明します。言葉を定義して了解していくことはセラピーの王道でもあり、そしていったん言葉にすることで受け入れられることもあります。

 

筋とは関係ありませんが、個人的にはアンソニーが「モヤモヤ」を「モフモフ」と覚え違いをしていたところが好きでした。日本語の擬態語はとても難しいですが、「ああ、なんだか、モフモフする」と真剣に言ったアンソニーに対し、ちょっとチャラいキャラクターの隼人の友人(なんと織田信長の末裔設定)の頼孝(よりたか)が「モヤモヤですね。モフモフはこう、犬猫とかアルパカとか、ファーが気持ちいい感じの擬態語です。心の中が定まらず、スッキリしないなら、モヤモヤ」とさりげなく訂正してあげる優しさが何とも言えず、ツボでした。こういう間違い、自分もたぶん外国語で絶対してる…と思いました。笑ったりしないで、こんなふうにスマートに訂正できる人になりたいです。笑

 

それから隼人が朝はトースト派でコンデンスミルクをつけて食べるところ。最後に思わす笑みがこぼれます。

 

設定に無理があると食わず嫌いをせずに、お話を楽しんでみられることをお勧めいたします。

 

 

※2023年10月1日にサービス終了となった「シミルボン」では、希望者ひとりひとりに投稿記事のデータをくださいました。少しずつ転載していきます。

初回投稿日2021/6/2  16:24:06