みらっちの読書ブログ

本や映画、音楽の話を心のおもむくままに。

読書ガチ勢の究極の夢【エリザベスは本の虫/サラ・スチュワート&デイビィッド・スモール】

こんにちは。

 

今日ご紹介するのは【エリザベスは本の虫】。

原題は【LIBRARY】。アメリカの絵本です。

 

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図書館に住みたい。

本屋さんが閉店した後にこっそり残って泊まり、夜じゅう本屋さんの本を読みたい。

 

そう思ったことのある人は少なからずいるのではないでしょうか。

いわゆる本好き「ガチ勢」ですね。 (ゲーム用語。ガチ=ガチンコ。真剣に本気でやる、勢=勢力、グループの意)

 

かく言う私も、一度や二度、三度、いやもっと、思ったことがあります。

出版社のアスラン書房さんの本の紹介欄には、こんなふうに書いてあります。

 

「生まれつき本好きの少女、長じても本に囲まれて暮らし、ついに図書館を作ってしまう。愛する本とともに、本の虫の生涯を全うした人へ、愛と追憶をこめて、ユーモラスに描いた作品」

 

 

確かに夢だけど…

いや、こんな人本当にいたら、ちょっとヤヴァーイ人でしょう。

と、思ったら。

 

実話でした!

 

いや、すみません。失礼なことばかり。ごめんなさい、エリザベスさん。

 

これはでも、自伝ではないですし、ユーモラスに誇張してあることも多いと思うので、本当のことはわかりません。本当のエリザベスさんは、日常生活もちゃんと送っていたまっとうな人で(まっとうです。エリザベスさんはちゃんと働いていました)、本が大好きというだけだったのだと…思いたい。いや、この本はエリザベスさんの友人の女性が書いているみたいなので、友達がいる以上、この絵本は誇張なのだろう、と思います!きっとそう!怖いからそう思う!

 

とにかく三度の飯より本が好き。遊びより服より勉強より、恋人よりも本が好き。本好きが嵩じて、家じゅう本だらけになってしまい、日常生活もおぼつかなくなり、ついには本を含む持ち物すべてを町に寄付することにしました。でも地震が来たら即死!くらいの量の本をどこかへ移動することもできず、結局家がそのまま図書館になってしまったのです。そして友達の家に住み、お婆さんになっても家=図書館に通い詰めて本を読みふけるエリザベス。

 

すっごく、すっごく、うらやましいけど…

うらやましいけど、でも怖い!

 

書評を読むと、確かに「うらやましい」、という声が多数です。

「本は大好きだけど、日常生活に追われて、本を読む時間はなかなか取れないし、じっくりゆっくり読みたいけれど、そうもいかない。こんなふうにすべてを忘れて読み耽って、没頭することができたらさぞかし幸せだろう!」

そうだと思います。私もそう思う。

 

でも。私は怖かったです。

正直、読み聞かせの本を探していた図書館でこの本に出合った時、うわっと思いました。なんだこれ。ヤバイ。私の暗部を突き付けて来る。なんて恐ろしいコ。

 

このところずっと、昔読んだ本をブログに書きだして「私、こんな本読んでたなー」と懐かしく思い出すのですが、そこにはブログには書けない若干の苦い思い出もあるのです。

 

読書には、健全で楽しい読書と、現実逃避的な読書と言うのがあると思うんです。

私はあきらかに、現実逃避的読書のほうでした。

依存症、というのがありますが、まさに読書依存。現実の世界から逃避して、空想と妄想の世界に浸りたい、逃げ込みたいがために、読書をする。エリザベスさんがそうだ、とは言いませんが、彼女が「それならそれで、ここまで徹底しないとダメ」と言ってる気がしました。

 

片時も本を離さない子供がいたら、はた目には「本が好きな子供なのね」と微笑ましく見えているけれど、要するにリア充(現実世界が充実して楽しい暮らしを送っている人たち)ではないわけです。まさに「赤毛のアン」のアンも最初はそうだったと思います。私は当然ながらアンほど辛い境遇ではありませんでしたが、傾向として本の世界に逃げるタイプだったことは確か。

 

アンに家族ができて落ち着き、ダイアナ・バーリーという友達やギルバート・ブレイズというボーイフレンドができて、街の人たちとも仲良くなって、アンもいつしかリアルの世界に居場所をみつけ、読書とのつきあいもきっと落ち着いていったのだろうと想像します。私も、リアルな世界を受け入れ、なんとかかんとか、読書との程よいおつきあいを獲得してきたように思います。

 

しかしエリザベスさんはそうではないんです。

 

献辞に「Librarian、Reader、Friend」とあるので、エリザベスさんの本職は図書館員だったのかもしれません。ただ単に、自宅が図書館になってしまったのでそう表現しただけで、ずっと家庭教師で生活してきたのかもしれません。少なくとも仕事があり、友達がいて、普通の人の送る日常を送り、老後に友達と自分の図書館で本を読みふけるのは本当に素敵です。でも、あの絵本を読む限り彼女は本の中で生活していて、ときどき現実に出稼ぎに来ているようにしか思えませんでした。

 

ものすごいリアル世界との断絶。むしろ彼女にとってリアルな世界の方が本の世界のことみたい。適当につきあってるんです、リアルと。「私には関係ない。とりあえずメシが食えたらそれでよし。本が買えたらそれでよし。むしろ本を喰って生きていきたい」という言葉が聞こえてきそうです。だから彼女はこの世界で自由です。旅先で道に迷って、そこで家を買い、家庭教師の仕事を探して暮らしてしまう。ここまで振り切ってしまうと、そこには自由があったんだ!と、変な開眼をしてしまいそうになりました。よほどの覚悟がないと、こんなふうには生きていけない。と思います。

 

絵本の中には、数匹の猫と、小さなクマのぬいぐるみが登場します。いつも彼女と一緒です。ぬいぐるみは少女のころから晩年までずっとエリザベスさんのそばにいます。彼女のリアルと本をつなぐ友達だったのかな、と思います。彼女はおそらく孤独ではなかったけれど、でも人が人生で「経験」するはずのことをすべて本に注ぎ込んだ、という気がしてなりません。

 

 「エリザベス・ブラウン

 この世に誕生

 天からストンと 落ちてきた」

と、作者は表現しています。絵も、お母さんが洗濯物のシーツを広げて降ってきたエリザベスを受け止めるシーンで始まっています。生まれたときからやせっぽちで人見知りして目も悪い。そんなエリザベスさんは、この世という「図書館」に本を読みに来ただけの、天使だったのかもしれません。