みらっちの読書ブログ

本や映画、音楽の話を心のおもむくままに。

友だち追加

日本SFの巨匠かく語りき【ジャックポット/筒井康隆】

筒井康隆さんは、言わずと知れたSFの大家。少女の頃夢中になって読んだ日々は遠い昔となり、その後断筆宣言や炎上騒動など、様々なことをニュースや雑誌などで目にするも、作品からはしばらく遠ざかっていました。息子さんの訃報の記事とともに、この2月に新刊を出されたという情報を目にし、久しぶりに読みたくなり、手に取りました。

www.shinchosha.co.jp

 

一行目を読み始めて、ああこれだよ、これだわ。これなのよ、筒井康隆さんは。と思いました。そして昔夢中になって読んだ本を次々と思い出しました。

www.shinchosha.co.jp

www.shinchosha.co.jp

 

こちら、『家族八景』は昔読んだ本と装幀が変わりませんが、『七瀬ふたたび』は新しい装幀ですね。私の筒井康隆さん原体験の本です。超能力者の切ない旅路。事件に巻き込まれ、疑いをかけられて追い詰められたテレパス七瀬の逃避行と、彼女とかかわる超能力者の人々を追う男の話。ぞくぞくするほど面白かったのを憶えています。そもそもは、NHKでドラマ化されたのを見たのが、本を読むきっかけでした。美しく陰のある多岐川裕美さんの七瀬がとても印象的でした。『家族八景』は、テレパスである七瀬が家政婦として渡り歩いた八家族の内情の話で、表面には見えないドロドロの人間の欲望が凄まじいリアルさで描かれていて、文章の表現方法も見たこともないほど斬新でした。

www.kadokawa.co.jp

 

そしてこちらは言わずと知れた超有名作品。『時をかける少女』。たびたび映画化され、アニメ化されています。ただ、映像化されたものはどれも、有名監督の個性が強く、物語も若干の変更が加えられていて(アニメは若干ですらなかった)、私としてはどうしても「原作のまま」のものを観たい、という思いが消えませんでした。

 

筒井康隆さんの作品はあまりにも多く、受賞歴も数えきれないほどなので、その後も少しずつは作品を読みましたが、ここに列挙することは避けます。ただ、このたびとても久しぶりに新刊を読み、86歳の筒井さんの創作に対する意欲や熱意に再びふれ、今改めて「筒井康隆ふたたび」の気持ちになっています。

 

正直に告白すると、筒井康隆さんの独特の世界や文体が好きか、と言われると言葉を濁してしまうし、物議を醸しだす作品や言動などにひいてしまうこともあり、実のところコアなファンとはいえません。「虚実錯綜」の表現、言葉遊び(当て字やごろ合わせなど)が多用される文章は滑稽や洒脱を通り越してあえて毒を持たせるものであったりするので、取り扱い注意のものを扱うように読まなければいけないことも多々あり、それに疲れてしまうこともありました。

 

今回の新刊も、すべての作品に目を通さないかもしれない、という不遜な気持ちでいたのですが、なんとなんと、どの短編も面白く、心を掴まれました。長い間、私はこの「自由な虚実ないまぜの世界」「言葉の遊びと喜び」に触れていなかったんだなと思うと同時に、豊かに広がる教養がカラフルな言葉のボールプールの中に見え隠れしているのを拾いあげるのが、想像以上に楽しく、気がつくと夢中になって読んでいました。

 

大人のための、短編集です。エログロという意味だけではなく、教養レベルが高すぎます。理解できない子供は歯磨いて寝てろ、くらいな。そんなハードボイルドな感じがするほどです(もちろん、そんなことは筒井さんは全く言っていません。あくまでも個人の感想です。笑)。筒井さんが半世紀以上をかけて身体にしみこませてきた、世界の演劇、映画、音楽、小説のエッセンスが凝縮されています。

 

この短編集、筒井さんの作品を初めて読む方には、どうなのでしょう。私の人生には積み重なったレンガに挟み込まれるような形で筒井康隆さんの文章が入り込んでいるので、この短編集を初めて読んだら、という気持ちになかなかなれませんでした。ぜひ、初めての方も読んでみてください。その「わざと人を怒らせるような言い回し」の、シュールで偽悪的な感じとか、ドタバタでめちゃくちゃに見える中に鋭利な刃物のような洞察に触れたりと、宝探しの冒険のような魅力はじゅうぶんに感じられるのではないかと思います。

 

ひとつ発見だったのは、勉強不足で知らなかったのですが町田康さんがドゥ・マゴ賞を取ったときの選考委員が筒井さんだったことです。そうだったのか、なるほどなるほど。町田さんは筒井さんに見出されていたのか、と納得した次第。


新刊ですので多くは語れませんが、コロナ禍にまつわる短編では表題「ジャックポット=当たり年」の意味を知ってなるほどと感心したり、息子さんのことを書いた「川のほとり」は、胸に迫る切なさでした。どの短編にも「死」は絡んでいますが、筒井さんが感銘を受けたというハイデガー哲学の死生観と相まって、「死」を的にしているからこそ「生」が語れる、というような作品が多かったと思います。星新一さんとの死をめぐるやりとりと、星さんが亡くなったことを悼む箇所には、おふたりの人柄や考え方がにじみ出ていて、そこに通うあたたかい気持ちにじんときました。また、すでに故人である仲間のひとりとして平井和正さんのお名前が出てきたのも嬉しかったです。

 

自らの過去を振り返りながら、かつての盟友に思いを馳せながら、あくまでも実験的に、悲喜劇たる現実を現実たらしめているのは何かを常にといかけてくる「あの」感覚は健在。年齢を重ねられた筒井康隆さんはこうして人生を語るのか、と思う作品群でした。

 

 

※2023年10月1日にサービス終了となった「シミルボン」では、希望者ひとりひとりに投稿記事のデータをくださいました。少しずつ転載していきます。

初回投稿日 2021/3/17  12:30:30