みらっちの読書ブログ

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妖しい魅力の物語が癖になる【山岸凉子】

 

山岸凉子さんは、少女漫画家24年組と言われる方々のおひとりです。山岸さんのほかには、青池保子さん、萩尾望都さん、竹宮惠子さん、大島弓子さん、木原敏江さん、樹村みのりさん、ささやななえこさん、山田ミネコさん、岸裕子さんなどがいらっしゃいます。

 

私は微妙に時代がずれていて、この中にはリアルタイムでは著作を楽しめなかった作家さんもいます。山岸凉子さんは、長期にわたり一線で活躍されていることもあり、リアルタイムでも読んできたし、以前の作品にも触れている作家さんです。

さて、やはりどうしても外せないのは、こちら。

www.kinokuniya.co.jp

 

山岸さんは、絵が独特で魅力的です。コマ割りも吹き出しも個性的。私はあの魅惑の絵柄が大好きですが、とはいえやはり、人の好みというものは別れるもの。お好きでない方もいらっしゃるようで、これまで何度も「食わず嫌いだった」という話を聞いたことがあります。なにより斬新なのはその設定と物語。飛鳥時代という古代を舞台に、日本では超有名人である厩戸皇子を主人公に、男性同士の恋愛を描くというまさに禁断の名作。こちらも「食わず嫌い」の理由には上がっていましたが、この設定がまた、「厩戸皇子」の超越性を象徴していて素晴らしいのです。

文庫版のあとがきに、山岸さんが梅原猛さんの著作の影響を受けてこの漫画を描いたというインタビューが載っていました。

 

www.shinchosha.co.jp

 

www.shueisha.co.jp

 

刊行された当時物議を醸しだした、哲学者梅原氏によるこちらも斬新な聖徳太子伝です。一昨年鬼籍に入られましたが、仏教を中心に据えて哲学を研究した方で、西洋哲学者の多い日本の哲学界の中では異色の存在とされていました。その著作は多岐にわたりますがなかなか突飛な論が多く、確実に裏付ける文献が発見されていないことから、類推の域を出ないとされているとか。そもそも最近は「聖徳太子」という呼称は諡号だからということで「厩戸王」と呼ぶそうですね。

 

梅原氏の論は、法隆寺は仏法を護るという目的ではなく、聖徳太子のたたりを畏れた怨霊鎮魂のためのものである、というものでした。

 

それに刺激を受けた山岸さんが描かれたのが、この「日出処の天子」です。蘇我毛人との愛憎に目を奪われがちですが、この物語は厩戸皇子と母の物語でもあります。天賦の才に恵まれ身分も高い厩戸皇子ですが、その能力のために母に疎まれ、愛情に飢えた孤独な少年時代を送ります。毛人に出会い、彼となら世界を思いのままにできるとまで思います。しかし毛人はほかの女性に心を奪われ、「私たちが同性同士に生まれたのには意味があるのだ」と、厩戸皇子の思いにこたえてはくれません。

 

厩戸皇子をどこか両性を併せ持った存在として、また、超能力を使うサイキックでオカルト的な存在に描きつつ、英雄や偉人として称え奉ってきた「聖徳太子」を、ひとりの人間として描いた画期的な作品だったと思います。

 

山岸さんの作品は、こういった、歴史に想像力の翼をはばたかせるものも多いのですが、なんらかの「世界」にスポットライトを当ててその登場人物の内面の奥行きを表現するものもあります。

 

www.kadokawa.co.jp

 

「バレエ」の世界をプロのバレリーナを目指す少女たちから描きだす物語です。第11回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞作。手塚治虫マンガ大賞にハズレはないと思っているので、いつか全巻読みたいと思っているのですが、現在まだ最初の数巻しか読んでいません(番外編まであるので道は長そうです)。

 

そして、どの物語にせよ、やっぱり基本にあるのが怖さです。
人間が隠しておきたい秘密や関係、心の奥底のドロドロした感情を、じわじわと表現し、その闇に触れてヒヤッとする感じ。

 

あれです。(って、どれです?)

 

山岸さんは短編も「珠玉」と呼べる素晴らしい作品が多く、特に好きな短編がいくつかあります。私の場合、漫画雑誌などで目にしたものや、友達の家でちらりと読んだり、外出先で読んだようなものも多く、その「意識にくっきり残る」鮮明度が激しいのが特徴です(私だけかもしれませんが)。

 

books.bunshun.jp

 

この中に出て来る『木花佐久夜毘売』の話は、容姿に難のある姉と美しすぎる妹の確執の話。表題の『月読』と同じ様な「神話にインスピレーションを得た創作」ですが、現代の姉妹のお話でもあり、とても印象深いものでした。

 

www.usio.co.jp

 

:book:565175:常世長鳴鳥:

こちらの短編集の中に収められている「キメイラ」も忘れられない短編でした。殺人事件の嫌疑がかかる、「万年青(おもと)」を愛でる両性具有の人物の、感情の分からない底知れなさが不気味で忘れられません。


キリがないのでこのあたりにしておきますが、その「怖さ」をホラーやサイコスリラー、サスペンスなどという言葉に収めきれるのか、といつも思います。見てはならない、触れてはならないものに焦点があてられる、といのでしょうか。そういったタブー(禁忌)や、性やジェンダーについても、人間の中に危ういバランスで存在する優劣や差別の意識も、そのキリリと冷えたような線で描かれる美しい絵のなかに鋭く表現されています。

 

山岸さんの漫画を読むときの感覚を言い表すのに適当な言葉がみつかりません。硬質で冷たそうな金属なのに、触れると高熱、みたいな。ドライアイスみたいな。日常の中に潜む、情念。何気ない言葉の残酷。ミステリアスで危険な魔性の物語の数々。怖いもの見たさで読むと惹きこまれます。どうぞ、ご注意を。

 

 

※2023年10月1日にサービス終了となった「シミルボン」では、希望者ひとりひとりに投稿記事のデータをくださいました。少しずつ転載していきます。

初回投稿日 2021/3/26  15:44:51