みらっちの読書ブログ

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少女漫画の王道、てんこ盛り【戸川視友】

Amazonのアンリミテッドで読んだのが、戸川視友(とがわ・みとも)さんを知ったきっかけです。書店であまり見たことがないなと思ってネットをみたら、版元の「冬水社」は出版取次を通さない直販形式をとっているとか。もともとBL主体の同人誌サークル「吉祥寺企画」を母体としており、1992年に冬水社として漫画雑誌「Racish」を定期刊行し、多い時には3誌発行していたようです。2001年以降は「いち*ラキ」一誌を刊行、「いち*ラキ」は2018年から休刊中とのこと。

 

戸川さんは「いち*ラキ」休刊後は、連載していた漫画の続きを単行本書下ろしという形で出版しているそうです。冬水社はもともとBL同人誌発ですが、徐々にその傾向が薄くなり、少女漫画が主流になっているそうです。以上、Wikipedia情報。

 

最初に読んだのは『王のいばら』だったと思います。
出会う人すべてを魅了する美しく賢い女性がたったひとりの男性に一途な愛を向けるお話。ご都合主義ですか!と突っ込みながらも結局いつのまにか夢中に。とにかくしばらく「少女漫画らしい少女漫画」を読んでいなかったので、久しぶりのその世界にすっかり魅せられてしまいました。

 

次に読んだ『天と献上姫』は、架空のふたつの王国のふたりの王子様を翻弄する、不思議な女の子の話。中国っぽい世界観ですが、史実は無関係。そしてふたつの王国の王子様たちは例外なく(それぞれキャラの違う)イケメンで、主人公たる天然キャラの女の子は自らの使命に立ち向かうためふたりの王子を振り回し、読者は全く関係ないのに「ああ、どっちかなんて選べない。無理。私には決められない」と悩んでしまう(?)定番展開です。

 

honto.jp

 

戸川さんの漫画は、作画は好みがわかれるところかと思いますが、何よりもキャラクターが魅力的で、基本的に明るく茶目っ気があります。シリアスな展開もありますが、常にどこかに希望や未来を感じさせてくれます。

 

その他に、『海の綺士団』、『天子の福音』、『ぼくたちの吉祥寺恋物語』、『レバダン・希望の花 』、『王のいばら外伝』などを立て続けに読みました。


『海の騎士団』は中世の十字軍の騎士団を舞台にしたお話で、父の仇を取るために努力して剣を磨いた男装の麗人が主人公。こちらは人物はほぼ架空、時代背景には史実も交じりこみ、そのあたりがなかなか面白かったです。騎士団の多彩なキャラクターの描き方や、敵対する勢力や海賊との絡みも伏線が効いていてとても魅力的。

特に好きだったのはこちら。

 

honto.jp

 

こちらはルネッサンス期のフィレンツェを舞台に、史実と実在の人物、架空の人物が入り乱れます。それでいて物語には説得力があり、少女漫画の王道は外さない、という素晴らしい作品でした。

 

女性の芸術家が存在しなかった時代に「もし女流画家がいたら」という仮定にたって物語が進行していきます。フィオレンティーナという「花の都」の名を持つ女性が、一途に画家を目指し、イケメンのパトロンたちに励まされながら、一流の画家に成長するも、最後は…、

 

これ以上ネタバレはしませんが、私はその最後の収め方がとても気に入りました。彼女の選んだ人生が、まるで史実で本当にあったんじゃないかと思わせる物語の終わり。そういう人生が本当にあったのだとしたらいいなという希望。少女漫画では定番の終わり方が、見事にはまったとも言えなくもありませんがとても優しい終わり方でした。

 

一見の価値があるのはフィレンツェの黄金期を築いたロレンツォ・デ・メディチの次男ジョバンニ(のちのローマ教皇レオ10世)。なんと、恐ろしくイケメンで美しい女性に変装までしてしまうという設定です。その肖像画を見たことがある人なら「えええっ!」とのけぞること請け合い。政治的思惑のため肖像画はわざと醜く描かせている、というセリフが何度か出てきます。

 

それから、ミケランジェロの描き方。こんな可愛い(性格の)ミケランジェロは想像してみたこともありませんでした。ミケランジェロは史実はともかくいろいろな物語に出てくる場合、たいてい頑固なおっさんとして描かれますが(こちらでもそういう側面はもちろん描かれますが)、とにかく言動がチャーミング。少女漫画家の想像力たるや恐るべし。

 

画家を目指している少女の話なので、ミケランジェロとダヴィンチの対決なんかも描かれ、ラファエロも登場し、当時の工房の様子などが活き活きと描かれていて、これまで映画や小説などで親しんでいたルネッサンスの、またひとつ違った見方を教えてもらったような感じがしました。

 

「少女漫画の王道」と言えば、「登場人物がほぼ全員美形、フリル、レース、ドレスのヒダ、バックにちりばめられた華やかな花々、キラキラ輝くオーラ、架空の王国の王子様やお姫様のハッピーエンドのお伽噺」というものが思い浮かびます。

 

お話の展開も、紆余曲折ありつつ愛と勇気と知恵で本命の彼と結ばれるに至るプロセスが、「身分差」あり「ライバル出現」あり「すれ違い」あり「自分の夢や使命との天秤」あり「男はひたすら女が心を許すのを忍耐強く待ち続け、優しさは全開」あり「気が強くて芯の強い女の子なのにいざ男女のこととなると超絶古風」あり「なんやかんやでハッピーエンド」ありとてんこ盛りで、ここには、「少女漫画のすべて」が詰まっています。

 

戸川さんの作品だけとは限らないのですが冬水社の漫画家さんの「最終回」の特徴として「子供が生まれ相手はいいお父さんに」というシーンが出てくることではないかと思います。お伽噺で「末永く幸せに暮らしました」の「リアル版」。

 

「冬水社」はBL同人誌が出発点、ということですが、個人的に「BL」というものは「読者が安心してドキドキできるお話」なのだと思っています。「やおい」など昔からその分野は存在し、なぜBLを好む人がいるのか、不思議に思われる方も多いのではないかと思います。個人的見解ですが、私は、男女の恋愛に比べ、同性同士の恋愛には「力」の差がないことに由来しているような気がしています(この場合の力は、腕力ではありません)。

 

例えば少年・青年漫画やアニメに顕著ですが、女性にとって「カワイイ(童顔で自分より賢くない)」とか「やさしい(大人しくて従順)」とか「色っぽい(巨乳や極端な露出の服)」とか、そういう煩わしい思い込みを押し付けられずに感情移入できるのが「男装しているけど全員女性」の宝塚とか「パートナー同士が同等に存在し、かつ、どんなに露骨なシーンでも客観性を保っていられ、自分に直接禍が及ぶことのない男性同士の」ボーイズラブだったりするのではないかと思うのです。

 

だからBLの流れを汲みつつBLではない少女漫画は「幸せなハッピーエンド」でなければなりません。パートナーの男性は容姿に依存しない女性の能力を認め、尊敬し尊重し、母となった女性を生涯変わらず愛するのです。もちろん女性の方も子供を何人産もうと美しく魅力的で自らの尊厳を損なうことはありません。この世界に、ライバルはいても若い女に目移りとか、そういうことはあり得ないのです。本当は、現実が残酷なものであることを、女性はよく知っています。「BL」も「少女漫画」も夢だからこそよいのです。が、その夢にさえ(夢だからこそ?)男女の激しい乖離を見るのは容易です。男と女の間には暗くて深い河があるのです。

 

ご都合主義上等、最後は敵さえも敵ではなくなる大団円の風呂敷の畳みかたはあっぱれ。これぞまさに正統派の少女漫画の継承者と、心の中で絶賛しております。

今回は戸川さんに的を絞りましたが、戸川さんと一緒に同人サークルから会社を立ち上げた東宮千子さんの漫画もとても素敵な「少女漫画」です。

 

『黒と黒』『赤白たまご』も面白かったです。

 

今「少女漫画」を味わいたかったらこのお二人はお勧めです。戸川さんは現在『七王国のバラ』を執筆中で、書下ろしで単行本を出していらっしゃるとのこと。続きを楽しみにしております。

 

※2023年追記:なかなか読む機会に恵まれず、『七王国のバラ』は読めていません。その後自分が出版の流通にのらずに、いわば同人誌的に本を売ることになるとは思いもしませんでしたが、そうなってみると、同人誌から出発して小さい出版社を起ち上げ、直販と言う形で漫画を描き続けている冬水社の方々にますますの敬意が湧いてきています。

 

※2023年10月1日にサービス終了となった「シミルボン」では、希望者ひとりひとりに投稿記事のデータをくださいました。少しずつ転載していきます。

初回投稿日 2021/4/6  22:52:07