みらっちの読書ブログ

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シュールな話に「ニヤリ」、奇妙な後味【始末人シリーズ/明智抄】

 

こんにちは。

 

なぜか。

なぜかふと、思い出したんです。小鳥さんを。

小鳥さんは、『鳥類悲願始末人』などの始末人シリーズに出て来る、ダチョウです。

 

www.kinokuniya.co.jp

 

1987年の作品です。

 

あの漫画面白かったな~と、思い出し、久しぶりに検索をかけてみました。そうしたら、1年以上前に作者の明智抄(あけち・しょう)さんが亡くなっていたと知りました。

 

特に、印象に残っている話があります。

 

部屋を片付けられない汚部屋女性が夫に愛想をつかされ、夫は自分の友人と不倫。夫が倒れて入院したという連絡を受けた女性は、入院を知らせて義父母が来るなら家を片付けなければと思い、部屋を片付はじめます。引っ越してきてから初めて洗濯物を選別する女性。お隣の奥さんがあの家で洗濯機の回る音を聞いたのは初めてよ」というくらいの強烈な汚部屋です。ある日突然義父母が来て、あなた何やってるの、4日も電話に出ないで、あの子は死んだのよ、葬式も終わったのよと言われるのですが、女性は呆然と「お掃除に夢中で、気がつかなかった」「え?死んだ?」と言うのです。彼女は夫の緊急事態に際し、一度も夫のところへ行っていません

 

結構怖い場面です。

というかこの状況かなりホラー。

 

彼女は途中からかなり意識的に、現実逃避的に掃除をしていたようです。義父母に連絡したのは結局友人(つまりは夫の愛人)。汚部屋女性はおそらく「どうせ何があっても友人が対処するだろう」と思っていたのですが、そんなことを少しも匂わせず、焦りながらも明るく掃除をする女性の表情が怖い。まるで本当に夫のことなど忘れていたかのよう。

 

夫の愛人たる友人と彼女の間にはそれまでにも捻じれたわだかまりがあり、結果的に彼女は始末人に愛人の殺害を依頼します。

 

果たして彼女は夫に愛人がいることで「汚部屋」を作り出したのか?

それとももともと掃除や片づけができないために夫が愛人を作り出ていったのか?

 

読み終わってもしばらく釈然とせず、よくよく考えてから「ああ、それであの人を殺したかったのか」とわかります。しかしそれがたいてい自己愛に根差した自分勝手な理屈であることが多く、それが依頼人の中ではまるで正義のように正当化されているのでしばし呆然とします。

 

そこまで思い出して耐えきれずAmazonで『鳥類悲願始末人』を読んでしまいました。懐かしい。さきほど紹介した話は『心美体健始末人』というタイトルでした。

 

扉絵を見て「この作者さん、こんなに綺麗な絵を描くんだっけ」と改めて思いました。今更ながら才能が惜しまれます。しかし綺麗な絵やテンポのいい明るい展開とは裏腹な、ブラックというかグレーというか、何とも言えない作品ばかりです。

 

『心美体健始末人』の、何がそんなに印象的だったんだろう、と思います。「切羽詰まったときに、関係ないことに熱中して本来の問題から目を逸らす」ということは、私たちも日常的にやりがちなことではあります(大事な試験の前日に片づけを始めてしまうとか、漫画を読んでしまうとか)が、それの極端な形を見せつけられている感じ、というのでしょうか。そこはかとない狂気が、ある種の魅力を醸し出している気がします。

 

「汚部屋」が一般的な言葉として知られるようになるずっと前の漫画ですが、この作品だけではなく、他の作品にもところどころ、そうした「今こういうの、あるよね。こういう人、最近多いかも」というのが見受けられます。明智さんには何らかの先見性があったような気がします。

 

表現は悪いかもしれませんが、一瞬「ドン引き」するようなシュールなギャグマンガです。それなのに、妙に印象的で忘れられず、読み返したら止まらなくなってしまいます。真顔で語られるどぎつい本音が、どこか爽快でもあります。

 

 間違いなく時代劇ドラマ「必殺シリーズ」からの着想だとは思うのですが、パロディではなく、現代劇で、まったく全然、違うお話です。

 

「ブラッディ・キティちゃん」こと、キティちゃんのお裁縫セットを持っている河内入野(かわうち・いりや)と、その先輩で 自転車に「生さんま」という名前を付ける「プレシャスブラッド」こと白市高屋(しらいち・たかや)が、組織の始末人として暗殺を請け負います。そこに、途中で知り合った小鳥さんが加わります。

 

毎回毎回、逆恨みとか片思いとか「そんなことで?」という理由を持つ依頼人から請け負った「晴らせぬ恨み」を晴らしていく話なのですが、とにかくシュール。シュール以外に言葉が出てこない。振り切れた白市高屋のサイコパスぶりもすごいですが、弟分の入野や小鳥さんとのやり取りがまた可笑しい。

 

ちなみに時代劇の『必殺シリーズ』は、ご存じでしょうか。

 

つい先日、「仕掛人・藤枝梅安」が公開されました。

池波正太郎さん生誕100周年だったのですね。

 

baian-movie.com

 

昭和時代は、こちらを原作としたドラマが人気でした。

 

池波正太郎の仕掛け人シリーズ。

表向きは堅気の商売人ですが、いざ依頼を受けると各々、その商売道具を使って裏家業をしている、というものです。

 

私は藤田まこと(中村主水)さんのイメージが強いですが、様々な俳優さんがこのシリーズで主役を演じています。

 

仕掛人、仕置人、仕事人、とタイトルも変遷しますが、藤田まことさんの『仕事人』が一番多く作られている模様。

 

『始末人』というシリーズも確かにあって、田原俊彦さん主演でオリジナルビデオシリーズで出ているようですが、明智さんの「始末人シリーズ」の最初のコミックスが1986年に出ているので、『始末人』という言葉は明智さんのほうが先だったようです。

 必殺仕事人Vの動画視聴・あらすじ | U-NEXT

 

得物は河内入野が「三味線やの勇次(中条きよしさん)」のようにキティちゃんのお裁縫セットの糸を使い、白市高屋は紙=新札(千円札か一萬円札)、「銀行員」というコードネームの始末屋は「鍛冶屋の政(村上弘明さん)」と同じ手槍のようです。

 

「銀行員」が白市の腕を「紙であそこまで深手を負わせるとは!」と評価している通り、紙とはいえ鋭利な刃物と考えた方がよさそうです。小鳥さんは、くちばし、ですかね。小鳥さんは、マッドサイエンティストによって作り出された高知能のダチョウです。

 

小説にしても面白さが変わらないのではと思うような漫画です。実際、明智さんは小説も書いていたようなのですが、出版されている書籍はすべて大原まり子さんらとの共著だったようで、単独で書籍を上梓するまでは至らなかったようです。

 

爆笑、というのではなく「ニヤリ」。そして「ニヤリ」のあとに奇妙な後味がある、始末人シリーズ。

 

昔の漫画なので手に入るかわかりませんが、文庫版は中古でありました。

 

改めて、明智さんのご冥福をお祈りいたします。