みらっちの読書ブログ

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ものすごくハマって急激に冷める、ということがある【森博嗣と京極夏彦】

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こんにちは。

 

熱が伝わりやすくて冷めやすいのはアルミの鍋だそうです。

 

熱が伝わるのが遅いけど冷めにくいのは土鍋やホーロー

 

今はアルミとステンレスの合金とか、フッ素加工とかいろいろあるので、鍋を選ぶのもそう簡単ではありません。

 

私はお料理が苦手なのに鍋マニア。

 いえ、たぶん「苦手だから」です。

 

「料理が苦手な人に限ってこれがあれば料理が上手になるんじゃないかと思うからやたらいい調理器具ばかり揃える」。昔、阿川佐和子さんがエッセイでそんなとを言っていた気がします。

 

曖昧な記憶なので間違っていたらすみません。

 

 

さて、これまでアルミ鍋の熱伝導並みに急にハマって急に冷めた作家さんが二人います。

 

森博嗣さんと、京極夏彦さん。

 

面白いとか面白くないとか、そういうことではないんです。

 

そういうことで言えば、もちろんお二方の作品は断然、面白い。

おそらく短期間のうちにハマりすぎてしまったせいだと思います。

 

森博嗣さんの作品で、いちばん印象深いのは、やはりデビュー作『すべてがFになる』

 

www.kinokuniya.co.jp

 

友達に紹介されたのがきっかけでした。

第1回メフィスト賞(1996年)受賞作です。

 

一風変わった密室殺人もの。登場人物に感情移入できるかというとそうでもなくて、同じ天才肌教授でも、東野圭吾さんの『ガリレオシリーズ』のような魅力には欠けている気がします。もうちょっと硬質な感じ。ツンデレのデレが無い感じ(それって…笑)。

 

推理の要(かなめ)になる主人公(たち)が工学部建築科の教授(と、その恩師の娘)なので当然ながら論理的に話が進むのですが、なんかよくわからないけど納得させられているような強引な展開もないとは言えません。にもかかわらず読んでいるうちにだんだん快感を感じ始める、という副作用が。言ってみれば「スタイル」にやられちゃう、というか。

 

 20年以上前の本で、当然20年以上前に読んだのですが、当時は小説の中に出て来るシステムやコンピューターが最新鋭と言うか革新的というか、ちょっとした近未来に感じていました。今まさにそれらが当たり前のように世の中に広がりをみせていて、その先見性がすごく新鮮なミステリーだったと思います。たぶん今読んでも面白いんだろうなと思います。いやもしかしたら、今読む方が面白いのかもしれません。

 

京極夏彦さんは反対に、基本、素材がオカルティック。ねっとりとした日本独特の怖さがこれでもか、と絡みつく感じ。文庫本にあるまじき鈍器のような分厚さにもドキドキします。

 

京極夏彦さんでいちばんと言うなら、やっぱりこれ。これもデビュー作。

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『姑獲鳥(うぶめ)の夏』

1994年5月に京極さんが講談社にこの作品の原稿を持ち込み、それによって9月にデビューしたことから、メフィスト賞が創設されたとされています。

 

「持ち込み」によって「デビュー」を果たし、さらにそれによって「賞を創設」って、よく考えるとものすごいことだと思います。

 

新人ですよ?これまで本を出したことが無い人が、海千山千の出版社に賞を作らせるほど人の心を動かしてしまった、ということが、何よりすごいな!と思います。

 

ん?お気づきになった方、いらっしゃいます?

そうです。『すべてがFになる』は、その創設後の第1回の受賞作です。

 

さて、京極さんの本は、どの装丁もおどろおどろしくて怖そうです。

 

私はホラー映画は大の苦手なのですが、京極さんの作品は、ああいったびっくり系の怖さではありません。じわじわ、じっとり怖い。古本屋にして陰陽師の京極堂が、独特の装束に身を包むところが、これ以後のシリーズの要で、水戸黄門の印籠みたいな効果を生んでいます(著者近影の京極さんも同じ格好)。そしてオカルティック、と先ほどはいいましたが、実はこちらもパズルをはめていくような謎解きで、最後は爽やか、ですらあります。秋の日に空を見上げたみたいな気持ちになります。

 

『すべてがFになる』の犀川教授(&西之園萌絵)と『姑獲鳥の夏』の京極堂は職業が「探偵」ではないのですが(「探偵」役はほかの人物が担っている)、集まってきた情報から自らの知識を総動員して事件を解きほぐす、という点で似ているかもしれません。

 

 そのあたりは、アームチェア・ディテクティブ(Armchair Detective。安楽椅子探偵)とちょっとだけ似ているのですが、そうではありません。本人も結構動き回るのですが、かといってコナンくんみたいに、自ら突っ込んでいくような動きをしているわけでもないのです(あくまで探偵ではない、ということなのでしょう)。登場人物たちの動きを総合的に解釈し、「絡まった糸をほぐす」。「ディレクター」「コンダクター」に近い気がします。犯人が誰かを追求していくというより「なぜそうなったか」を詳しく掘り下げるうちに犯人がわかっちゃう、というのでしょうか。

 

 

お二方とも、シリーズもたくさん読んだのですが、ある時、急に熱が冷めてしまいました。

 

その「スタイル」が魅力的だからこそ、お腹いっぱいになってしまったのかもしれません。

 

比較的最近、京極さんの本であの懐かしい感覚を思い出しつつ、うわーっと怖くなったのはこの本です。

いやー怖いのなんのって、こんな根源的でプリミティブな怖さを刺激してくる絵本は久しぶり。今年はなかなか帰省もできないと思いますが、田舎の古いおばあちゃんちに行ったことがあるかたは、ついつい夜中に思い出しちゃう系だと思います。読み聞かせのミーティングで司書の先生が読み聞かせてくださったのですが、あれは怖かったなあ…

 

これとはちょっと違うシリーズの絵本で「えほん遠野物語シリーズ」『ざしきわらし』も私的にものすごく怖かったです。ああ。怖い。書いてて今も怖い~

 

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猛暑ですが、涼しくなること請け合いです。

 

京極さんは柳田邦さんの「遠野物語」を新たに書き起こした『遠野物語リミックス』という本も書いてらっしゃるようです。

 

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京極夏彦さんは、久しぶりにちょっと読んでみたいな、と思っています。