こんにちは。
伊与原 新(いよはら しん)さんのお名前は時折目にしていましたが、これまで読んだことがありませんでした。
『月まで三キロ』は、第38回新田次郎文学賞を受賞された作品です。2018年。
とても面白かったので、現在『八月の銀の雪』も読んでいます。
どちらも短編集です。
『八月の銀の雪』は、第164回 直木賞候補作とのことでしたが、残念ながら受賞は逃しています。帯には2021年本屋大賞ノミネートとありますが、こちらも惜しくも受賞を逃された模様。
東大大学院卒で、長く大学の先生をされていた方のようです。『お台場アイランドベイビー』で第30回横溝正史ミステリ大賞を受賞し2010年、小説家デビューされています。
収録されている短編は、以下の通り。
月まで三キロ
星六花
アンモナイトの探し方
天王寺ハイエイタス
エイリアンの食堂
山を刻む
科学と文学の絶妙な融合、と、どこかの書評に書いてあったと思います。
その通りで、どの短編を読んでも、知らなかったことに出会い、新しい知識を得ることができます。日常の中には分かち難く物理や地学がある、ということを教えてくれる作品ばかりです。
そして何よりも私が心惹かれたのは、登場人物たちのリアリティです。
あくまでフィクションであり、伊与原さんに想像された人物なのに、とても細やかに彼らのことをイメージできるし、理解することができます。
人物と、その人物が置かれた状況などの背景が緻密なリアリティを持つからこそ、そこにある「科学」が活きて来る、という感じです。
そして、それゆえに物語がファンタジックであるという、不思議な現象が起きています。
たとえば『星六花』で、主人公が雪の結晶を探す場面。
結晶自体は、「科学的」なもので、他の登場人物の背景やセリフによって説明され、雪の結晶を探すために雪を待ちうける場面もロマンスではありません。
にもかかわらず、とてもロマンチックなのです。
他の作品もそうです。
表題作の『月まで三キロ』は、危ういバランスの中にいる主人公が、思いがけない場所に連れていかれる話です。
それは現実の「場所」でもあり、想像上の架空の「場所」でもあり、何十億年前の「場所」でもあります。
主人公と一緒に、読者も、ハッとするような時空を感じることができます。(具体的に書きたいところですが、完全なネタバレになりますのでそこはやめておきます)。
普段は物理や気象などは、専門家しかわからない難しいものだと思って生きていますが、本当は人間こそが複雑で難しい存在であることを、改めて認識できます。
『天王寺ハイエイタス』も印象的でした。
いちばん、好きなお話だったかもしれません。
音楽を諦めて生活に倦んだ無職の叔父さんを持つ、二人の兄弟が描かれます。
ラストシーンで叔父さんが奏でるブルースを、聞いてみたくなります。
最後の短編、『山を刻む』。
こちらで、伊与原さんが受賞した新田次郎賞の元である新田次郎氏の『強力伝』が出てきます。
思わず、『強力伝』も読んでしまいました。
ごうりきでん、と読みます。
山で登山者の荷物を運びながら道案内をする人のことを「強力」と言います。かつては修験者が各地を回る際に荷物を持つ人のことを指してもいたようです。他にも山小屋などに荷揚げをしたり、荷物を持って山越えをする「歩荷(ボッカ、ポッカ)」という仕事、またはその仕事をする人がいますが、「強力」と違うのは、道案内をするかしないか、ということのようです。よく登山家の本などに登場するヒマラヤ山脈などの「シェルパ」は「歩荷」のことのようです。
巨石(展望図指示盤)を白馬山頂に白馬大雪渓ルートで担ぎ上げた実在の強力、小宮山正(こみやま・ただし)がモデルです(小説内では「小宮正作」)。昭和16年、足柄山に居を構える小宮山は、富士山観測所の強力をしていました。巨石のあまりの重さ(花崗岩60貫/180㎏)に信州では誰も引き受ける人がおらず、富士山一の名強力小宮山に白羽の矢がたちました。この時の過酷な仕事が小宮山の死の遠縁となったようです。娘さん(現在88歳、金時娘と呼ばれている)が今でも足柄山で茶屋をしているそうです。
小説では、観測所勤めの石田という人物が語りをつとめます。彼はこの仕事の過酷さを重く見て、再三、小宮に辞退を勧めますが、小宮は決行します。見守るのは道案内を勤め、背負子を貸した鹿野という男。
石を運び上げる道中の過酷さは、文章だと言うのに目をそむけたくなるほどです。
「畜生め、なんでえ、なんのためにこんな石でこの苦労をするずらか。人間がさ、人間がよう……」
新田次郎『強力伝・孤島』新潮文庫 kindle版
実は新田次郎さんを読むのも初でした。
昭和の時代、戦争を知らない子供たちばかりになったと言われながら、まだ戦争の色が色濃く残っていた戦後、映画やドラマの『八甲田山』は時折テレビで放映されていました。
眉毛から鼻からつららを下げたまま、目をむいてドウッと倒れていく兵士たちの姿を、今でも思い出せます。
その印象が強烈で、あえて本を手に取ってみようと思ったことがありませんでしたが、『強力伝』は訥々とした中に惹きつけられる文体の、印象的な話でした。ぐいぐい読めてしまいます。
さて、『山を刻む』は主婦が主人公なのですが、『強力伝』が作中に上手く活かされていました。新田次郎賞受賞の理由がよくわかります。
伊与原さんの短編は、優しくたおやかな文体で、すっと読むことができます。そこにある細やかな描写は、人間と自然と科学が溶け合って地球があるんだなというマクロな気持ちを思い出させてくれます。浪漫があります。
お菓子の「サバラン」は、ラム酒がスポンジに染みていて、フォークでちょっと押すとじわっとします。あんな感じに、全編にロマンがしみ込んでいる感じ。甘いけれども、お酒のほろ苦さもあります。大人の味わいです。
恋愛のハッピーエンドはありませんが、人を愛してみたくなります。大きな出来事はありませんが、前を向いて生きてみたくなります。そんな短編集です。