みらっちの読書ブログ

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心に残るBJの話#1『ときには真珠のように』

 

こんにちは。

みらっちです。

 

今日は「心に残るブラックジャックの話」。

 

言わずと知れた手塚治虫の不朽の名作『ブラックジャック』

訳あって医師免許を持たず、

治療には法外な金額を吹っ掛ける闇の天才外科医。

 

漫画の神様、手塚治虫先生の何がすごいと言って、

1話1話のストーリーの完成度が高すぎること。

短いページの中に、何の過不足もなく、

物語が凝縮され、しかも心に深い余韻を残すという神業。

 

短編でも長編でも、人間に対する深い洞察が

これでもかと描かれている作品ばかりです。

 

早朝、お弁当を作りながら、

ああなんかBJが読みたい、という衝動にかられ

(別に鶏肉に包丁を入れていたからではないと思う)、

今朝は特にどういうわけか、

BJと本間丈太郎先生の物語が読みたい、と

思ってしまいました。

 

以前、BJについて書いたのはこちら。

 

miracchi.hatenablog.com

 

このときは『めぐり会い(文庫版1巻)という作品について

考えていたことを書いたのですが、

今回はこちらも名作中の名作、

『ときには真珠のように』(文庫版1巻)

というお話です。

 

ある時、ブラックジャックの家に送られてきた小包。

差出人はJ・Hというイニシャルだけで、

中に入っていたのは「刀」のように鞘に収まったメス。

ピノコは何かの嫌がらせだと言います。

 

それが自分の命の恩人、本間丈太郎医師からだと思いあたったBJ。

「私を救ってくれたばかりでなく、

私に医者になるきかっけを

作ってくれた方だ。世界一の名医だ。

私が世界でたったひとり尊敬する方だ」

と絶賛するBJ。

 

何かわけがありそうだと思ったBJは本間先生を訪ねます。

 

竹藪の奥の田舎に引っ込んで隠居生活を送る本間先生は、

すでに死の床にありました。

お世話をしているお手伝いさんはいるようですが、

家族がいる様子もなく、たったひとりです。

 

よく来てくれたね、という本間先生。

すでに死期を悟っていて、命の尽きる前に

どうしても送っておきたいと思った小包でしたが、

中に手紙を入れることも忘れてしまったと言います。

 

そこで本間先生の口から語られたのは驚くべき真実でした。

不発弾の爆発によって体が激しく損傷したBJの大手術の際、

なんと肝臓の下にメスを置き忘れてしまった本間先生。

 

BJの命にかかわる重大なことです。

しかし本間先生はその事実を隠匿し、

7年もの間、メスがBJのからだを傷つけないように

祈ることしかできなかったと言います。

 

7年後、ようやく「前の手術の検査をする」

という名目でBJの体からメスを摘出。

 

メスは不思議なことに、カルシウムの膜に覆われ、

石灰化した鞘に包まれた状態で発見されました。

 

ちょうど真珠貝が自分の殻に入った砂のかけらを

少しずつ真珠質で包んでいくように、

メスはBJの中で石灰化していったのです。

 

その時、生命の不思議な力に圧倒された本間先生。

 

「人間が生き物の生き死にを自由にしようだなんて

おこがましいこととは思わんかね」

 

たどたどしい言葉でそう言って、

本間先生は脳出血を起こしてしまいます。

 

本間先生をなんとか助けようと

すぐに病院に運んで手術をするBJ。

しかし本間先生は息をひきとるのでした。

 

                 ***

 

「人間が生き物の生き死にを自由にしようだなんて

おこがましいこととは思わんかね」

 

本間先生のこの言葉は、

よく引用されるのでご存じの方も多いかと思います。

 

死の床の孤独の中に、

BJの命を救った天才医師の面影はもはやなく、

自らの罪を告白して懺悔する老人がいただけでした。

 

BJはそこで医療の限界と、

いかなる人間でも老いて死ぬという現実に

つきあたります。

 

BJは爆発事故の時に大けがをした母を亡くし、

その母を捨て逃げた父親に復讐するのを

生きがいにして生きているような青年です。

 

BJにとって本間先生は、

尊敬する恩人であり憧れでもあり、

親同然の存在だったと思います。

 

本間先生の老いと死は、

彼が常日頃目にしている老いと死とは

まるで違う、特別なものだったはずです。

 

しかし、本間先生には

人としてどうなのか、と言われても仕方がない、

犯罪と言ってもいいほどの重大な秘密がありました。

 

さすがにメスを取り出した後に書いたのだろうと思われますが、

本間医師はBJのケースを本にもしています(『アリの足』)。

 

そんな恐ろしいメスを懐に持っていながら

本を書いていたとは恐るべし、本間先生。

 

しかしかなりの情熱をもって

BJを治療していただろうことは

様々な話の挿話からもうかがい知れます。

 

BJが一時期メスを持つ手が震える症状が出たときも、

本間先生のミスだったのではという同期に

「本間先生の手術は完ぺきだ。ミスなんかだんじてない!」

「本間先生以上の外科医がどこにいるというんだっ」

と激しく詰め寄るほど信頼を置いていたBJ(『20年目の暗示』)。

 

実際この『20年目の暗示』の中では、

BJが催眠術で遡った過去で、

本間先生が必死にBJを励まし続けていました。

 

どちらにしろ、真実を知ったBJの気持ちは

本編のなかには描かれていません。

 

本間先生の手術に手を尽くし

鼓動が止まっても縫合し心マッサージをし、

強心剤を投与するもむなしく、

本間先生が亡くなった時、

BJは叫びます。

 

「そんなはずはないっ

私は完全だった

ミスはなかったはずだっ」

 

その叫びの中には、本間先生がミスをしたことを

認めたくない気持ちがあったようにも思えます。

 

完全だと思っていたことが完全ではなかった。

ミスがあっても生き、ミスが無くても死ぬ。

 

BJが何より辛かったのは、

自分の熟練の技も完璧ではなく、

老いによって失われ、なおかつ、

人のコントロールの及ばない領域があることを

突き付けられたことなのではないかと思います。

 

BJは漫画の中では若いままですし

「ヤングBJ」といった若いころのBJを描く二次創作なども

さらに若いころのBJばかりを描きますが、

出生年が推定昭和23年(1948年)ごろ

とされているところからすると現在75歳。

 

まだ現役で医師を続けていそうな気もしますが

自分の衰えが許せずスッパリやめてしまっている気もします。

 

老境のBJも見てみたかった気がします。

 

                ***

 

さてこれから

時々「心に残るBJの話」をしていきたいと思います。

 

生き埋めになる

マフィアに捕まる

こっそり手術しておく

訴えられる

患者に惚れられる

ピノコが行方不明

 

などなどのBJあるあるについても

書けたらいいなと思っています。