みらっちの読書ブログ

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母と娘のブルース【流星ひとつ/沢木耕太郎】

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こんにちは。

 

以前からもよくブログでお話ししていますが、私は宇多田ヒカルさんのファンです。

 

藤圭子さんと、宇多田ヒカルさんの世代の、ちょうど狭間の世代にある私は、歌手の藤圭子さんを知りません。歌っている姿をテレビで見た記憶がほとんどありません。

 

「藤圭子さん」のことは、私にとっては「宇多田ヒカルの母」、という印象の方が強いし、私が子供の頃は、昔一世を風靡した人、時々テレビやゴシップ誌で取り上げられる人、というイメージでした。お茶の間で、クールファイブの前川清を見て、母が「この人藤圭子と結婚していたね」などと言うのを「ふーん」と思いながら聞いていました。

 

私の子供時代は、アイドル全盛期で、ピンクレディーやキャンディーズなどを経て、ジャニーズのグループや、松田聖子さんなどが芸能界を席巻していました。シンガーソングライターの歌うロックやフォークも花盛りで、自分も友達も「演歌」にはほとんど興味がなかったし、そのうちに洋楽や、その時々の流行りの曲も効くようになり、演歌の世界はちょっと「古い」と感じることもしばしばでした。

 

そんなふうに、特段藤圭子さんご本人について特に知らなかったのに、宇多田ヒカルさんの曲はよく聞くので、曲を聴くたびに、必ずと言っていいほど「藤圭子さん」を想起していました。宇多田さんにとってどんなお母さんだったのかな、どんな歌手だったのかな、などと思いを巡らすこともありました。

 

良く言われることですが、宇多田ヒカルさんの曲は、「お母さん」抜きには語れません。「きみ」「あなた」という対象のほとんどは、お母さんだと言われています。彼女の曲を聴いて、涙が出てしまうのは一度や二度ではありません。痛々しいほどに母の愛を求め、母を慰め、母をいたわる、傷だらけの子供の歌なのです。

 

宇多田ヒカルさんは、『エヴァンゲリオン』の映画版の曲を作り続けてきていますが、さもありなん、という気がします。『エヴァ』はまさに、彼女の曲とシンクロして、彼女の曲は『エヴァ』を表現してあまりあるものだと思います。

 

私が彼女の歌が変わった、と思ったのは『あなた』という曲を聴いたときです。初めて聴いたのは『DISTINY鎌倉物語』という映画のエンド・クレジットでした。

 

2013年に母藤圭子さんを失い、2015年に出産した宇多田さんが、2017年に発表したこの曲を聴いて、宇多田ヒカルさんの変化を感じました。この曲に出てくるのは「母」でもあるけれども、それは「母」となった自分の姿でもあり、「子」を想う歌でもあり、なにか強靭な意志、を感じる曲でした。

 

2016年の「とと姉ちゃん」の主題歌だった『花束を君に』も大好きで、聴くと毎回泣いてしまう曲なのですが、この曲の時には感じなかったものを、『あなた』には感じました。映画の内容とシンクロした部分もあったと思いますが、どこかに常に葛藤や苦みのある状態から、少し解放されたんじゃないか、という印象を受けたのです。

 

エヴァの主題歌である『桜流し』(2012年)は、聴くたびに不穏なものを感じる曲です。まあ『エヴァ』だし、と思っていました。私はずいぶん後からこの曲を知りましたが、2011年の東日本大震災への鎮魂として書かれた曲だったということです。『桜流し』もとてもいい曲で大好きなのですが、まさかこの時点で翌年母を失うとは、宇多田さん自身も思っていなかったに違いないのに、やはりこの曲は、どことなくなにかの予感、のような曲に思えてなりません。

 

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この『流星ひとつ』は、私小説風ノンフィクション作家の沢木耕太郎さんが31歳の時に、当時28歳、引退直前の藤圭子さんにしたインタビューを会話だけで作品にするという、画期的で野心的な作品です。場所は東京、ホテルニューオータニの「バー・マルゴー」。ウォッカトニックを飲みながらの超小洒落たインタビューです。とはいえ当時の藤圭子さんはスターであり芸能人。何をしても人の耳目を集めてしまう存在なので、「外国語しか聞こえてこないような」場所でのインタビューになったようです。

 

そもそも、私がなぜこの本を知ったか、というと、実家との電話でオリンピックの話になったときに、母が「新聞に沢木耕太郎というひとがオリンピックの本を書いていると載っていた」という話をしたからでした。

 

ああ、沢木耕太郎さん。久しぶりに聞く名前。昔、夢中になって読んだなぁ。『深夜特急』シリーズとか、『一瞬の夏』とか。夫が大ファンだったから、私も借りて読んだ、若かりし日の思い出が蘇ったりして。

 

以前は新幹線に乗るとJRの機関紙に沢木さんのエッセイが載っていてたまには目にすることもありましたが、最近はすっかり著作を読むこともなく、離れてしまっていました。懐かしくなり後から沢木さんを検索したところ、『流星ひとつ』を知りました。オリンピックの話はそっちのけで、こちらに引き込まれてしまいました。

 

へぇ、藤圭子さんにインタビューしている本なんてあったんだ、と思ったら、沢木さんが長い間封印していたもので、藤圭子さんの死後、発表したものだそうです。

 

インタビューじたいは一夜のことだったようですが、その後も出版のために何度か話を重ねたそうです。沢木さんが、当時新聞連載を抱えていたのにも関わらず、この本の執筆に夢中になった理由がよくわかります。『流星ひとつ』の中の藤圭子さんは、活き活きとして、快活で知的で、純粋でまっすぐで、儚げで危うくて放っておけない魅力にあふれていて…

 

そう思ったときにハッとしました。

 

この描写、私どこかで見た。そう思って、思い出しました。それは、宇多田ヒカルさんが、藤圭子さんが亡くなった後に公式サイトに出したコメントでした。

 

誤解されることの多い彼女でしたが… とても怖がりのくせに鼻っ柱が強く、正義感にあふれ、笑うことが大好きで、頭の回転が早くて、子供のように衝動的で危うく、おっちょこちょいで放っておけない、誰よりもかわいらしい人でした。悲しい記憶が多いのに、母を思う時心に浮かぶのは、笑っている彼女です。

(宇多田ヒカル公式サイトより)

 

私がこの本から受け取った印象は、最も近くにいて、すべてを見ていた娘さんが語った女性の像とぴったりあっていました。それ以上に、病気が進行する前の、宇多田ヒカルさんを出産する以前の、若き日の藤圭子さんを、つい昨日取った動画みたいな鮮度で見せてもらったような気持ちになりました。

 

妙齢の男女がウォッカなんて強いお酒を飲みながら、芸術家同士の火花も散らしつつ行われたこのインタビューには、沢木さんの野心も感じます。彼もまた若く、模索したり試行錯誤を重ねていた時期で、新しいインタビュー小説の形にチャレンジする喜びがあふれています。おそらく、老獪なインタビュアーなら避けた質問も、臆することなくインタビュイーである藤圭子さんにぶつけ、結構ぐいぐい、強引な感じに質問を重ねる場面も見られます。藤圭子さんもそこから新しい発見をしているような、スリリングなインタビューです。

 

 

沢木さんは出版を見送って、綴じた原稿を藤圭子さんだけに送り、彼女はこの原稿をずっと持ち歩いていたそうです。大切にしていらっしゃったのでしょう。文庫版のあとがきには、沢木さんがこの本を宇多田ヒカルさんに読んでもらいたい、と思っていると書いてありましたが、実際は、どうだったのでしょうか。それについての記述はありませんでしたが、どの時点かでは読まれたのではないか、などとと思ったりもします。というより、読まずにはいられなかったのでは、とも思います。

 

宇多田ヒカルさんはまるで母藤圭子さんの人生をトレースするように、17歳で歌手としてデビューし、19歳で最初の結婚をして離婚し、その後30歳を目前に人間活動としていったん歌手活動を休止し、2014年に再婚、2015年に第一子をもうけ、2018年に離婚しています。

 

この本を読むと、藤圭子さんのお母さん、つまり宇多田さんのお祖母さんもまた同じような人生だった、ということが語られていて、何か巡り巡る縁のようなものを感じずにはいられませんでした。が、彼女たち母娘のつながりには、普通の母子にはないものがあったのだろうなとも思いました。

 

彼ら三代のたて糸には「芸事」があり、それによって生計を得ている家族で、どこかにいつも「母という役割だけではない、芸事をするひとりの女性」がいるんだろうなぁ、と感じます。

 

それに、なによりも「縁」というか、因縁というものを感じたのが、沢木さんが『深夜特急』の旅の最後の最後に行きついたパリから日本に帰るときの空港で、偶然に藤圭子さんと会っていることでした。その時は互いに日本に帰国するためにそこにいた「乗客」として直接は言葉も交わすことはなかったけれども、ただの通りすがりとばかりも言えないようなちょっとしたやり取りもあり、沢木さんは芸能人であった藤圭子さんを知っていたのでその後もずっと気になり続けていた、という、不思議な縁。

 

それが、何年かのちに本音を語るインタビューをするような出会いにつながっていくとは、本当に、この世は奇妙な偶然に満ち溢れているなと思います。そして、沢木さんが藤圭子さんを『流星』と表現したのも、なんとはなしに、切ない感慨に包まれました。

 

インタビューの冒頭、インタビューなんて意味がない、つまらないと投げやりに突き放していた藤圭子さんが、次第に沢木耕太郎さんに心を許し、本音でぶつかり、真実を告げ、熱く語りだします。そしてその口調が、なんだか宇多田ヒカルさんを彷彿とさせ(宇多田さんの話し方もカジュアルで親しみやすく、ユーモアがあります)、目の前で話しているような錯覚に陥ります。

 

時に周囲と噛み合わず誤解されながらも、嘘を言わない、言いたくない、という、一本気で自分の矜持を貫く強い意志が、引退の理由に集約していきます。誰に何を言われても、自分を偽れない。うまく生きようとすればできたかもしれない、でも彼女の純粋さ、潔癖さはそれを許さなかったのでしょう。

 

沢木さんが、あれほど熱意をもって書き綴ったこの本を上梓しなかったのは、「もしかして藤圭子が復帰をしようと思ったときに、この本が妨げになってしまうかもしれない」ということを恐れたからでした。

 

実際には、彼女自身の復帰はなく、娘のヒカルさんが時代の寵児として脚光を浴びることになりました。そしてヒカルさんは、一度活動を休止した後再び復帰を果たし、新たな境地を開いたような気がします。

 

もし、藤圭子さんが復帰していたら?

 

それはきっとなかっただろう、と思います。

沢木さんも、それはわかっていたのでしょう。わかっていながらも一縷の望みを残したことに、なにか変な意味ではない、芸術家同士の「愛」のようなものを感じるのです。

 

哀しい結末を知っているだけに、胸が痛む本ですが、読んで良かったです。