みらっちの読書ブログ

本や映画、音楽の話を心のおもむくままに。

川に映った空の青さ【お題:ここで一句、お願いします】

f:id:miracchi:20210613180332p:plain

今週のお題「575」

 

俳句。

 

すみません。お題には極力、全力で取り組もうと決め、張り切って今週のお題を待っていたのですが、まさかの「一句」に脱力しています。

 

俳句は全然、嗜みません。

お題に乗ることができず、とても残念です。

 

おわびというものなんですが、短歌を一首。

 

いきなり短歌とは何事?という感じですが、実は2年前、息子が中学を受験しまして。あ、これも唐突なフリですね。

 

当時、降って湧いたようにある日突然ひらめいた、忘れられない一首があります。

 それ以前も以後も、短歌や俳句とは無縁でおりますが、どういうわけかあのときは、歌ができてしまったのです。

 

よほどのストレスだったのだと思われます。

 

そう、あれは忘れもしない、受験1か月前のこと。

関東地方は真冬でしたがその年は暖かく、真っ青に晴れ上がった空は乾いていました。

 

塾からの帰り道でした。

受験まであと1か月しかないというのに、息子の成績は秋口からどんどん下降線をたどり、ついに地に落ちて追い詰められて塾の先生に相談に行った後でした。

 

もう、無理しなくていいんじゃないか。

無理してたんだよ、やっぱり。

なんでこんなことやる方向に、来ちゃったんだろうなぁ。

無理をしてまで、しなくてもいいことだったのに。

 

「無理」を中心に思うことはぐちゃぐちゃで、ぐるぐる回り、脈絡もなく、うつむき加減で、家の近くの川の橋を渡りました。ふと川を見ると、川面に映った空があまりに青く、なんだか、涙がでそうでした。

 

そこで「フッ」と思い浮かんだのがコレです。

 

冬枯れの

川の水面に照り映る

決戦前の空の青さよ

 

なんてことはない、別にどうってことない、プロからすれば「ケッ」という歌ですが、歌にしたら、泣いても笑ってもあとは決戦を迎えるだけじゃないか、というちょっと前向きな気持ちになれた気がしました。

 

それを、塾に行ってきた報告とともに、夫にLINEで送ったのですが。

 

返事はこれ。

 

夫:この先、授業は何をやるんだ?

 

私:冬期講習でやったみたいな問題。

  それより、渾身の一首無視か。

 

夫:一首はどうでもええ。

 

はあ?

 

私の「今は川に映る青空しか見えないけど、早く晴れ晴れと顔を上げて本物の青空がみられるといいですね」という解説までつけた一首が、どうでもええ、と??

 

息子のあれこれに悩んでいたことより、おそらくは私が人生で初めて身のうちから湧き出るようにしてできた短歌が、どうでもええ、と言われたことに苛立ち、しばらく憤懣やるかたない気持ちでいました。そしてしばらくしてから、

 

「ああ。これが、転嫁ってことね」

 

と思ったのでした。

 

心のもやもやをそっち(主に夫への怒り)にすり替えることで、なんとか自分の心に余裕を持たせようとしていたんだろうなぁ。

 

短歌であれ、俳句であれ、思いのたけが募ったり、辛い境遇に耐えたり、心底追い詰められた時にこそ、575は生まれ出る…ような気がします。

 

今、とっさに一句できない、という事実はつまり、私があそこまで追い詰められていないことの証拠なのかもしれません。

 

いや、そうじゃないのかな。

俳句を、知らないだけかな。

 

一句作ろうとすると「さつきばれ」とか「さみだれ」とか小学生レベルの季語を入れてしまう自分が、そもそも嫌。それしか知らないんかい~って感じで。笑

 

あ。ちなみに息子の結果は…

いちおう、なんとか青空を見ることができました。

 

しかし受験のことを思い出すたび、あの時の川に映った空の青さを思い出すのです。