みらっちの読書ブログ

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コピーが不機嫌にならないような働き方改革が必要かも【ブレーメンⅡ/川原泉・ボッコちゃん/星新一】

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こんにちは。

 

先日、お友達のNさんとお話ししていたら「AIが社長をやっている会社があるらしい」という話になりました。株式会社オルツという会社だそうです。HPには"私たち自身の意思をデジタル化し、クラウド上に配置してあらゆるデジタル作業をそのクローンにさせることを目的としたA.Iです"とあります。デジタルクローンP.A.Iというらしいです。

 

私は観ていないのですが、テレビの番組で観たというNさんいわく、A.Iが社長の個人データをディープラーニングすることで「社長がいなくても、AI同士が協議して方針を決めてたよ。その間社長さんは釣りをしてるんだって」。

 

マジでか?!

ホントにもう人間いらないんじゃない?笑

 

以前、新井紀子さんの著書を紹介しました。

 

miracchi.hatenablog.com

 

こちらでは、AIに期待するなかれ、そんなにすごいことはできないよ、ということでしたが、いやはや、何年も経たないうちに、会議をして意思決定するまでに進化したとは。

 

 

社長のコピー、と聞いて思い出したのがこの漫画。

『アンドロイドはミスティー・ブルーの夢を見るか?』。

 

www.kinokuniya.co.jp

 

白泉社と言ったらこのかた、川原泉先生『アンドロイドはミスティー・ブルーの夢を見るか?』の「花とゆめ」コミックス版の発行年は1985年です。

 

タイトルはもちろん、SF界の大御所フィリップ・K・ディックアンドロイドは電気羊の夢を見るか?』から取られています。1968年発表。日本語版は1969年に出ています。私はこの古典的SFを読んでいませんが、原作とした映画ブレード・ランナーハリソン・フォード主演、1982年)は観ました。こちらの映画もSF映画の金字塔。すでに古典。超~有名ですよね。

 

フィリップ・K・ディックのその後の世界への影響は甚だしく、トータル・リコール(原作は『追憶売ります』でアーノルド・シュワルツェネッガー主演、1990年)、マイノリティ・リポート(原題も同じ。トム・クルーズ主演、2002年)も原作が彼と聞けば、誰でも一度は観たり聞いたりされたことがあるのではないでしょうか。この三作品は私も大・大・大好きです。他にも2006年キアヌ・リーブススキャナー・ダークリーもありますが、これは私は観ていません。

 

ブレード・ランナーの時点ではフィリップ・K・ディックはまだ存命だったようです。波乱に満ちた生涯で、ヒューゴー賞を受賞した有名作家でありながら、常に貧乏で、5度結婚と離婚を繰り返し、ブレード・ランナー公開直前に亡くなっています。代表作の大半をペーパーバックとして発表した彼を記念して、1983年からはフィリップ・K・ディック賞が設けられています。アメリカでペーパーバックで刊行されたSFに贈られるそうです。

 

さて、以前もフロイト1/2』をご紹介したことがある川原泉さん。

miracchi.hatenablog.com

『アンドロイドはミスティー・ブルーの夢を見るか?』は、「99.999999999%と9が11も続くほど誤差が少なく(イレブン・ナインという異名がある)、厳密かつ優秀にして正確無比、限りなく完璧に近い宇宙飛行士」のキラ・ナルセが、多忙を極めるスカイ・アイ社社長ナッシュ・レギオンのコピー、超A級アンドロイドのナッシュ・コピーを惑星ミグダリオンまで運ぶという指令を受けるところから始まります。キラ・ナルセは休暇返上になったので不機嫌。ナッシュ・コピーは故障していてお菓子ばっかり食べ、頭の中がお花畑になっています。次第にボロが出て来るナッシュ・コピー。実は社長本人が逃亡を企てた狂言だった、というSFコメディ。

 

ブレーメンIIは、その続編です。こちらは2005年に、第36回星雲賞コミック部門、第4回センス・オブ・ジェンダー賞特別賞を受賞しています。全5巻。

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社長、ナッシュ・レギオンは、完璧なエリート実業家という仮面をかぶっていますが両親のエリート教育が災いし、子供時代の抑圧された自我を持て余している節があり、前作以来時々、ナッシュ・コピーに業務を丸投げしてキラと一緒に航海するようになっていました。コピーはさらに学習し優秀度を増していて、オリジナルがいなくても何にも問題ない!その上に、コピーが髪型を変えたら自分も変えざるを得なくなるという、逆転現象も垣間見られます。

 

ブレーメンⅡは宇宙船の名前です。人類はかつてない人手不足に見舞われていて、ブレーメンという「体格を人間並みとし、種の特性を持ちつつも、知性を高められた働く動物たち」が生み出されました。そして、ブレーメン達はどちらかというと3K以上のブラック職場に回されがちでした。

 

キラは今回、船内の乗務員すべてがブレーメンとなる初の大型輸送船「ブレーメンII」の船長という任務です。キラの船の乗組員となったブレーメン達は喜び、懸命に仕事をします。そこにあろうことか「密航」した社長、ナッシュ。密航がキラにバレ、ナッシュは船のオーナーなのに下っ端甲板員としてこき使われることになります。前作の懐かしいキャラクターや、リトル・グレイという謎の生命体も登場し、働き者のブレーメン達との波乱万丈の航海記が描かれます。

 

キラとナッシュは、上司と部下、船長と下っ端、という立場逆転をどこか楽しみつつ、なんだかんだと言い合いながらも信頼しあっています。そこはかとなく恋愛的な要素も含みながら、そこまではいかない。何とも言えない絆が、もどかしくも爽やかです。なによりコメディでありながら、気がつくと深い思索を促される川原節がさく裂。

 

影武者として仕事を完全に丸投げされるナッシュ・コピーは宇宙に三体しかいない超A級アンドロイドで、専門家でも分解しなければわからない精度の高さ。度々ナッシュ・オリジナルに仕事の報告をしますが、とにかくいつも不機嫌です。

 

不機嫌なアンドロイド。笑

 

さてさて。「社長のコピー」は、もはや現実になりつつあるのでしょうか。となると、仕事を丸投げされるAIのお仕事環境にもそれなりに注意を払わないと、社長はいつも不機嫌、ということになりかねませんね。不機嫌だけならまだしも、それ以上の不穏な事態が起こったら大変です。

 

ナッシュ・コピーは会議や決定、たいていのことはほっといてもやってくれますが、オリジナルにお伺いを立てる場面もありました。リアル社会におけるそのへんの「判断」、「ここは自分(コピー)が決定できるけど、これ以上はオリジナルだな」というのはどうなるのか、仕事の最適化を目指すあまり、人間ならしないような非情で残酷な決定をしたりはしないのか、本当に周囲の「人間」にバレずに問題なく仕事ができるのか、そのうち自分が「コピー」であるとは思わなくなるのではないか、そのあたりが気になります。現実のAI社長さんは、オリジナル不在でどこまでできるのでしょう。

 

アレゴリズムとビッグデータ分析とディープラーニングには限界があるという認識は、覆されようとしているのでしょうか。実に興味深いです。

 

そういえばGoogleのバーチャルAIアシスタント、Sili(シリ)同志を会話させたり、シリとAmazonのアレクサを会話させたりする動画とか、ありますね。意味深だったり、深遠で哲学的な会話してたりします。シリの都市伝説とかありますし。「シリに聴いてはいけない質問」とかね(答えが怖いらしい)。

 

さて、有名SFが原作の映画で、2004年『アイ、ロボット』があります。こちらはSFの神アイザック・アシモフ『われはロボット』にいくつかの作品を融合させ新しい脚本で映画化された作品です。ちなみに、アイザック・アシモフはかの有名な「ロボット三原則」を作り出したSF作家です。

eiga.com

 

アイザック・アシモフの作品は、一見奇妙な「ロボットの行動」が、実は三原則に縛られたがゆえの行動で、人間には謎にみえるが実は理に適っていて「そういうことだったのか」と後で理解できる、という作品が多いようです。

 

 

ロボット三原則」は

 

第一条、 人間に危害を加えてはならない。

第二条、人間の命令に従う。与えられた命令が第一条に反する場合はこの限りではない。

第三条、第一条と第二条に反する恐れのない限り、自らを守る

 

を目的とする3つの原則です。その後の数々のSF作品に多大な影響を与えただけではなく、現実のロボット工学にも影響を与えています。

 

私がこれを初めて知ったのは、確か星新一さんの作品かエッセイでだったと思います。星新一さんの作品は、今読むと、なかば現実になってしまってSFに思えないような話が沢山あります。慧眼にドキッとします。返す返すも亡くなられて残念です。

 

AI社長は「コンピューターにオリジナルの社長のデータを沢山入れて、まるで彼本人が考えているかのような発言と決断をする」ようなのですが、使役する前提で考えられたロボットではなく人工知能としての「本人」のコピーの場合、このロボット三原則は適応されるのでしょうか、されないのでしょうか。興味津々です。

 

ともあれ、小説や漫画や映画の話だけではなく、リアルな世界がどんどん、フィクションに追いつけ追い越せ、になっているのかもしれませんね。人間の想像できることは実現可能だといいます。なにしろ、遺伝子ワクチンも本当にできました。そんなもの夢だと思われていた時代が確かにあったことを思えば、SFを凌駕する未来が、近い将来に迫っているのかもしれません。

 

なんだかムクムクと星新一さんが読みたくなってきました。星新一さんなら、この「働き方改革」をブラックジョークのショートショートにしてくれそうです。いや、なんならもう、そんな作品があったかもしれません。

 

『ボッコちゃん』はバーのマスターが趣味で作った精巧な女性のロボットで美人。酒を飲むことと簡単な受け答えしかできません。マスターはボッコちゃんをカウンターに座らせておきました。のらりくらりとしたおうむ返しのような噛み合わない会話でもお客は満足して酒を飲みます。あるお客がボッコちゃんに入れあげて、かなわない恋だとわかると彼女に毒を盛ります。しかしボッコちゃんの飲んだお酒はただ管を通っただけなので、マスターはその余ったお酒をお客に配り、自分もあおり……

 

www.kinokuniya.co.jp

若くて美人なら中身がからっぽでもただ座っているだけでよい、ということに対する痛烈な皮肉でもあります。ボッコちゃんはそれほど賢いロボットではないので不機嫌になったり働き方に悩んだりすることはありませんが、だからこそ不気味なラストシーンです。ロボットが人間に近ければ近いほど「働き方」は大切かもしれません。