みらっちの読書ブログ

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国家が子宮を支配する②【マージナル/萩尾望都】

さて、前回のブログ【中国「絶望」家族】の裏表紙には「国家が子宮を支配する」と書いてありました。それを読んで思い出したのが【マージナル】という萩尾望都さんの漫画です。

 

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【マージナル】は1985年から『プチフラワー』で連載されていた漫画です。高校時代、リアルタイムで単行本を読みました。プチフラワーも時々読んでいた気がします。SFなんですが、これが結構難解な漫画なので、あらすじを簡単に説明することが難しいです。ネタバレも含みますので、もし、ネタバレは嫌、という方がいたら、ここまでで、で。

 

 

★★★★★★★★★★以下、あらすじとネタバレ。

 

 

2999年、汚染された地球「マージナル」に住む人々は不妊ウイルスにより生殖能力を失って男だけになっています。彼らは中央に存在する「モノドール」と呼ばれる聖域にいる唯一の女性「マザ」が生んだ子供を分配され息子として育てる、という「ミツバチ型社会」を形成しています。人々はそれを信じて疑っていませんでした。しかし年々分配される子供が減り、人口が徐々に減っていくことに対し、不安を抱くようになっていました。当時のマザは既に老いており、老いているから子供が生めないのだ、と言われていたのですが、とある砂漠の村が全滅し、絶望した村の生き残りが、マザを暗殺してしまいます。

 

実は聖域「モノドール」の中には「センター」と呼ばれる施設があり、そこは汚染された地球から月に逃げたお金持ちの人々のうち「カンパニー」と呼ばれる一部の人類によって管理されていました。カンパニーは月の民の卵子を地球に輸送し、センターの無菌室で不妊ウイルスの抗体をもつマージナルの民の精子を使って受精させます。この抗体はY遺伝子のみにつくため、男しか生まれてこないのです。「マザ」に選んだ子供はマザの交代の時期が来ると手術などで形状を女性に変え、コールドスリープなどで寿命を延ばします)。人工子宮で育った子供はナンバーをつけられて父親の元に送り返され育てられます。「マージナル」は「カンパニー」によって、ウイルスに汚染された地球で人間の遺伝子と文化がどのようになるかを試された壮大な実験場だったのです。

 

「カンパニー」は遺伝子の奇跡が起きず衰退していくマージナルを採算が取れないとして見捨てようとしていました。「棄民」とされたマージナルの民はその事実を知らず、全滅を待つばかりでした。その事実を知っているのはセンターの人間とそれを統括する長官、メイヤードのみ。そしてその彼らもまた、カンパニーによって見捨てられようとしていることが途中からわかってきます。

 

そこに森に住んでいたナンバーのない子供「キラ」が火事によって焼け出され、逃げ出してきます。キラは、マッドサイエンティストの実験により作り出された両性具有のクローンで、受胎能力を持っています。マザの暗殺者グリンジャと、子供の頃に大怪我をしてセンターに行って帰ってきたアシジンを中心に、物語が複雑に絡み合って次第にセンターとマージナルの謎が明らかになっていきます。

 

まさに「国家が子宮を支配する」世界、「マージナル」。国家、というよりは一企業、あるいは連合的な経済組織かもしれませんが。お金や利権によって支配されていることに変わりはありません。しかも彼らは「実験」に使われていることすら知らされず、さらには「棄民」されていることにも気づかず、男だけの世界が滅びゆくのを黙って待っていなければならかったのです。こちらもフィクションとはいえ「非道い」としか言いようがありません。

 

キラという生殖可能な存在は、必要からマージナルで作り出されたわけではなく、地球を捨てて月や火星に逃れた人々の子孫の中に生まれたイワンというひとりの科学者の狂気から作り出されました。その遺伝子はなんとマージナルの管理者メイヤードの遺伝子が使われていました。キラはメイヤードの子供だったのです。イワンにとってもマージナルは実験場に過ぎず、「子宮が夢を見て考える」という自分の思考を追求しようとして狂気に陥ります。イワンの妻はイワンの狂気を恐れ、キラのことも恐れるようになります。

 

キラはクローンで4体いて、1体は赤ん坊のまま成長しなかったのですが他3体の頭脳というべき司令塔で、火事の時にもう1体とともに死んでしまいます。もう1体は氷の中に閉じ込められ、最後の1体がグリンジャとアシジンに出会います。彼らはみな外見は男性ですが子宮を持ち、生殖活動と受胎期だけ女性に変化します。またメイヤードの特殊な遺伝子のせいで、互いに精神がつながっていて、ひとりが学習すれば全員が理解します。とはいえ最も知性が発達していたのが赤ん坊の1体だったので、その1体が死んだときに他の3体の記憶はほとんど失われていました。

 

記憶を失ったキラは、特殊な超能力を有し、人々の「夢」を体現する能力を有していました。そのせいでセンターに終われ、逃亡の果て、マザ暗殺を企てた人のさらなる計略によって洪水で流され、海に至ります。

 

キラが海で死んで夢や希望もろとも無くなってしまい、マージナルは滅亡を待つばかりでしたが、氷に閉じ込められていた最後の1体が月の人々によって救い出され、回復します。彼らはキラをマージナルに返し、グリンジャとアシジンは最後の「キラ」に出会うのです。

 

 

最後のキラは、洪水の後クリアランスされた世界で最初の女性となって、どこにも所属することのない「マージナル」を新しい地球にしていくのでしょう。しかしそれがどんな世界になるのかはわかりません。

 

キラはその特殊な出自と能力ゆえに、正常な出産をして人間が繁殖するのかは未知数です。どんな子供が生まれ育つのかは、常に月の人達に監視されています。

 

マザを暗殺したグリンジャは、未来に明るいものを描いていませんでした。風貌も隠者のようで、どちらかというとネガティブなものの考え方をします。対するアシジンは常にものごとを楽観的にとらえ、前向きでポジティブな考え方をします。この二人はともにキラを愛していて、キラもこの二人には心を許しています。そしてキラは特殊な遺伝子を持つセンターの長官メイヤードの子孫でもあります。

 

これからもし、新しいマージナルで、正常な子供が生まれ育ち、グリンジャとアシジンの子孫が繁栄するならば、ひょっとしたら正反対のグリンジャとアシジンの心を受け継いで、陰と陽のように互いに補完しあったり対立したりするのかもしれません。それがバランスというもので、どちらか一方ではいけないのかもしれません。

 

そのうえ、長官メイヤードは種族を導き集団自殺させるシャーマン的な能力のため子孫を作るのを禁じられていました。キラはその遺伝子を受け継いでいます。もしかしたら地球は、また、同じ繰り返しのループにハマるのかもしれません。

 

キラが絶望せずに、希望を持って地球と人類を再生できるといいなぁ、と、グリンジャとアシジンが最後のキラを探しに来たラストシーンに、そんなことを考えました。