みらっちの読書ブログ

本や映画、音楽の話を心のおもむくままに。

そこに行けばどんな夢もかなうというよ【西遊記/呉承恩】と【文学少年と運命の書/渡辺仙州】

こんにちは。

 

今日は子供の頃好きだったシリーズ。

西遊記

子供の頃の人気番組と言えばこれですね。

西遊記 1978年 1(第1話、第2話) [レンタル落ち]

毎週楽しみにしていました。主題歌を歌ったゴダイゴの人気と相まって、強烈な印象を残しています。残念ながら岸辺四郎さんは昨年亡くなってしまいましたね。放送当時、NHK大河「草燃える」の裏番組(日テレ)だったそうです。知らなかったなー。私は地方在住だったのでもしかしたら違う日程で放送されていたかもしれませんが。

 

仙台在住の4人組ロックバンドMONKEY MAJIKモンキーマジックの名前の由来が面白いんですよ。最初に青森でバンドを結成した際、元メンバーのトムさん(イギリス人)が幼少期にイギリスで西遊記を観ていたため、ゴダイゴの「Monkey Majic」にちなんで名前を付けたそうです。そのMONKEY MAJIKの「Around The World」は2006年の「西遊記」の主題歌になりました。私はその時以来のMONKEY MAJIK(表記のMajikはわざとです)のファン。それにしても、イギリスでも放送していたんですね。すごい。MONKEY MAJIKはこんな方たち。↓

 

www.monkeymajik.com

2006年の「西遊記」はあまりちゃんと見た記憶がありませんが、孫悟空香取慎吾さんで、三蔵法師深津絵里さん猪八戒伊藤淳史さんで、沙悟浄内村光良さんでした。1994年にも唐沢寿明さん主演で連続ドラマの「西遊記」が作られていたのですね。「新・西遊記」という名前だったとか。三蔵法師牧瀬里穂さん。なんかうっすら記憶にあるような、ないような。1993年には、フジテレビ40周年記念スペシャル番組として「西遊記」が制作されています。孫悟空本木雅弘さん三蔵法師宮沢りえさん。残念ながらDVD化はされていないようです。

 

ドリフの人形劇西遊記もありましたね。孫悟空志村けんさんピンクレディーも出てました。カトちゃんはカトーという新キャラでした。これこそ、うっすらしか覚えてないんですけど。地方の放送枠の問題もあったかもしれません。1977年~1979年頃放送されていたそうです。昔は地方では放送権が切れて連続話中でも途中で切れるとか、途中から放送されるとか、放送時間が変わるとかざらにありました。

 

本家中国でももちろん「西遊記」のドラマ化・映画化はたくさんされています。私の大好きな映画監督チャウ・シンチーも映画を作っています。

 

名作ドラゴンボールだってこれが無ければ生まれないお話ですもんね。

 

さて、私が翻訳の「西遊記」を読んだ最初は、これです。

www.fukuinkan.co.jp

上下巻、夢中になって読みました。

 

 

子供の頃読んだのは、だいたいが児童向けダイジェスト版。でも「三国志演義」や「水滸伝」などよりも、「西遊記」が好きでした。大人になって翻訳版を読んだ後も、やっぱり雑多でごちゃまぜな「西遊記」がいちばん好き。

 

色々な翻訳版も読みましたが、私が好きなのは平岩弓枝さんの西遊記

西遊記 下 | 平岩 弓枝 |本 | 通販 | Amazon

これは大人になってから読みました。2007年初版みたいですが、私が読んだのはもっと後です。初出は毎日新聞の連載でした。優しい文体でとても読みやすいです。悟空と玄奘三蔵の師弟愛が中心になっていて、話の盛り上げかたが超絶技巧くらいに上手いんです。何度も読んでる話なのに泣けるのが不思議です。玄奘三蔵像については、例のドラマ以来、日本人には「夏目雅子のようにたおやかで美しい人」という刷り込みがされていますが、それに抗わない人物像になっている気がします。日本人の心象を知り尽くした「西遊記」です。

 

最近の斎藤洋さんの「西遊記もいいです。

西遊記 1 天の巻 (斉藤洋の西遊記シリーズ 1) | 斉藤 洋, 広瀬 弦 |本 | 通販 | Amazon

 

斎藤洋さんはルドルフとイッパイアッテナなどの児童文学を多数執筆なさっている方。その人気は当代きって、と言っていいと思います。斎藤さんの「西遊記」は、割とスタンダード。平岩さんの「西遊記」は神仙界で大暴れする孫悟空のことはカットされ、玄奘三蔵と出会うところあたりからの話だったと思いますが、こちらは斉天大聖孫悟空の暴れ具合がしっかり描かれています。児童小説の作家さんの面目躍如、活劇的に生き生きとした斉天大聖の、ある意味爽やかな暴れっぷりが見事。やっぱりここから描かれないと、西遊記の面白さは全部は伝わらない気がします。こちらの玄奘三蔵像はもう少し男性を意識した感じかなと思いました。

 

この「西遊記」には続編があります。斎藤さんが「西遊記」に触発されオリジナルで描いているお話で、こちらも面白い。というか、こっちのほうが私は面白いです。自由な想像力をはばたかせた続編、新鮮です。

西遊後記〈1〉還の巻 (斉藤洋の西遊後記シリーズ 1) | 斉藤 洋, 弦, 広瀬 |本 | 通販 | Amazon

 

孫悟空というのは、もともとは猿界の王に君臨し、強烈な戦闘力だけではなく妖力や神通力が強かったがために神仙に加えられた、超スーパー強い「斉天大聖」という存在でした。恐怖の殺戮大王…ナチュラルにスーパーサイヤ人でした。天界で暴れすぎてその罪で天帝の怒りにふれ巨大な岩に幽閉されていた、という経緯があります。ですのではっきり言って、一介の僧侶なんぞに追従するはずがない存在だったわけです。そう簡単に懐柔されたり飼いならされたりしないのですがお釈迦様には太刀打ちできない。そのお釈迦様のお慈悲で「玄奘三蔵」なる人間に付き従わなければならなくなったわけで、最初は反発もすごい。そのために「金輪」があるのですが、玄奘三蔵の人間的魅力に次第に「慈悲」を知るのです。

 

孫悟空だけではなく仲間の猪八戒沙悟浄ももとは神仙界の結構偉い人ですが、妖魔として生まれ変わっています。玄奘三蔵が乗っている馬が龍だったり(玉龍、という名前。1974年版ドラマでは藤村俊二さんが演じていました)。

 

大人になると『西遊記』が、それまでの土着宗教を仏教が従えようとした話なのかなということがわかってくるのですが、必ずしも「取り込まれてしまった」話ではないのも魅力のひとつです。玄奘三蔵は弟子と言えども悟空達弟子へのリスペクトは忘れません。侮ったり敬意を払わない場合には窮地に陥ることもあります。元・神仙であり今は妖魔である彼らの力なくして三蔵を取りに行く旅はできませんでした。日本では「まつろわぬ民」はすべからく排除されましたが、領土の大きい中国では「排除」だけでは成り立たない。確かに「悪」は退治されるのですが、単純な勧善懲悪でもない。それは悟空が「清濁併せ呑む存在」であるということが大きいと思います。悪の味も知っているというのはヒーローにはなかなかない属性です。だから悟空は正義だけじゃ動かない。

 

悟空には斉天大聖のころからの友達がいます。気が合うのもいれば気が合わないのもいます。筋斗雲に乗れば常にどこでもドア状態なので、水神の龍のところにお茶をのみに行ったりします。「あーどうもきたぜー」みたいに寄って、「よくいらっしゃいました」なんていうこともあれば「やべー斉天大聖がきたぜ」みたいになることもあるんですよね。

 

悟空にすれば神通力を使うなとか皆殺しにするなとか制限されているのは嫌なことだし、その気になれば天竺なんて簡単に行けるんだと思いますが、そこは人間の玄奘の旅を守らなければいけない使命があります。先回りしてお膳立てしたりさぼったりもしながら、その制御感というか、節制というか、「使える力を使わない」で自らの意志で玄奘を守ろうとするようになってからが面白い、と思います。『西遊後記』にはそのあたりもうまく描いてあったような気がします。

 

さて、そんなこんなで「西遊記」愛を語ってまいりましたが、最後に三年ほど前に読んだ児童小説が面白かったのでご紹介です。

 

『文学少年と運命の書/渡辺仙州』(ポプラ社/2014年)

www.poplar.co.jp

 

主人公の少年の名前は呉承恩(ご・しょうおん)。どこかで聞いたような気が?そう思ったあなたはさすが。

 

「阿恩」と呼ばれる呉少年は本の虫。昔の中国では名前の一部に「阿」をつけて呼んだりします。「~ちゃん/くん」みたいな感じ。「恩くん」みたいなイメージでしょうか。父親の行商に伴って旅をしている途中、薄汚れた格好をした女の子に出会います。その子は本を食べる女の子。なんで本を食べるのかは、ネタバレになりますので申し上げることはできませんが、阿恩はこの女の子「玉策」の面倒をみながら旅をすることになります。阿恩は中国文学の知識が豊富で、話し出すと止まらない。分析のバッサリ感は必読です。玉策は実は狙われていて、様々な大人の思惑や欲望に振り回され、冒険の末玉策の正体がわかるとともに、最終的には「意外とフツーな終わり方」笑。でもこの男の子がのちに「西遊記」を書いた「呉承恩」だとわかると、あぁ~という二重に楽しめる構造になっています。

 

作者の渡辺仙州さんは東京生まれで幼少期を北京で過ごされ、工学部出身とか。現在は台湾在住のようです。「西遊記」「三国志」「封神演義」など児童向けの翻訳版も書かれているようです。私はこの「文学少年と運命の書」しか読んだことがないので、いずれこの方の「西遊記」も読んでみたいです。

 

明代に成立したと言われる「西遊記」。呉承恩が本当に「西遊記」の作者か否かは、今も謎です。彼の前は「長春真人丘処機(きゅうしょき)」とされていました。真人というのは全真教の道士につく名前です。チンギス・カンの時代にモンゴルに布教に行ったのですね。そこのことを書いたのが「長春真人西遊記」という本だったために、誤解されたとWikipediaに載っていました。この丘処機という方は、金庸の『射鵰英雄伝』では「全真七子」のひとりで、すんごい武術の達人として描かれていました(史実とは違います)。どちらにしても道教の道士が「仏典を求めて玄奘が三千里」の「西遊記」を書くのってにわかには信じられないことな気がしますが、まあ「神仙」が入ってるからあり得ると思われたのかな?とても不思議です。

 

西遊記』の話は、とまらなくなるのでこの辺で。いつかまた機会があれば、ぜひ。