みらっちの読書ブログ

本や映画、音楽の話を心のおもむくままに。

神でさえこえられない時代の壁(※センシティブな内容を含みます)【ブラックジャック/手塚治虫】

こんにちは。

 

発言で何度も何度も失敗を重ねているのに全く学習しないオリンピック組織委員会の会長さんは、元首相。それを考えると暗澹たる気持ちになります。いつも小学生みたいな素朴な疑問を感じながら生きております、みらっちです。

 

さて、今日は、子供の頃読んだ本シリーズ。

ブラック・ジャック手塚治虫

 

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手塚治虫さんの作品は、あまりにも数多く、かつ壮大です。60年間の人生(デビューしてからは40年余りの執筆活動)で、果たして普通の人間がこれだけの仕事ができるのだろうかと感嘆せずにはいられません。しかも、18歳でデビューして商業漫画を描きながら、医師免許も取得しています。とんでもない偉業です。やはり、神。『漫画の神様』は伊達ではありません。手塚治虫さんもまた、もはや「ブランド」だと思うので、以後敬称は略させていただきます。

 

さて、私が手塚治虫の作品の中で好きなものは数多くあり、影響を受けたものも多数あるのですが、何と言ってもナンバー1はブラック・ジャックB・Jです。

 

家にはなかったので、出来得る限りのチャンスを見つけて読みました。かなりバラバラに読んだのですが、一話完結型の続き物ではないために問題なし。細切れに読んだのにも関わらず、なぜかその物語が、私の心の深いところに根を下ろしてしまうのは不思議でした。夜眠れなかったりトイレに行け無くなったりするくらい怖かったこともありました。

 

大人になってまとめて読みましたが、子供の頃に読んだ筋を鮮明に覚えていたことに、驚きを感じました。断片的にもはっきりとコマ割りや絵を憶えていて、それは私の記憶力云々ではなく、手塚治虫の技量であることは間違いないと思います。ストーリーテラーとしての驚異的な能力がすごい。画力がすごい。たった二十数ページの中にしっかり完結した物語が詰まっていて、無駄がないのです。それはこちらの本でも指摘されていました。

 

「ブラックジャック内科」の画像検索結果

以前、ブログで紹介したブラック・ジャックの解釈学/國松淳和』。こちらの本は現役内科医の國松さんが「自分がもしこのケースを診断したらどうだろう」という視点に立って書かれた本です。現在の医学と、手塚治虫の時代の医学の技術や常識に差があることは承知の上で、それでも手塚治虫の「診断」の正しさや先見の明は現代にも通用する凄いものだった、とのこと。内科医の視点から執拗なくらい細かく検証されています。医学的知識がない私たちにはついていけないほどのマニアックさが多少、あるのですが、症例を具体的に検証する手法は面白く、手塚治虫はやっぱりすごかったんだなぁ!という思いを強くした本でした。

 

さて。その【ブラック・ジャック】の中で印象的だった話は色々あって数えきれませんが、夜眠れなくなったのは「人間から草が生える話」(『緑の想い』)。たしか小3くらいの時に読んで果物の種とか飲み込んだら草が生えるんじゃないかと震えたものです。それから爆弾で誤って家族全員を殺され生き残った少女がブラックジャックに復讐しようとする話(『復しゅうこそわが命』)。これは家族全員の体から少女に少しずつ移植して少女の身体を構成しているというオチで、衝撃でした。ピノコの登場回(『畸形嚢腫』これは上記の本の中でも検証されていました)、ピノコが大人になってブラックジャックの夢に登場する話(『人生という名のSL』)など、やはり書ききれるものではありません。

 

中でもとりわけ、どうしても私の心に居座って離れないのが『めぐり会い』

如月恵さんが登場する回です。

 

ブラックジャックはある時ひとりの船医に再会します。如月恵というその人は、B・Jの初めての恋人であり、悲恋の相手です。医局時代に相思相愛になった彼女が悪性の子宮がんに侵されてしまい、まだインターンだった間黒男(B・Jの本名)は志願して彼女の手術をしました。子宮が無くなって「女ではなくなった」彼女は、男として船の船医になり旅立っていった、という話。

 

全然、まったく、納得できなかったですね。「女ではない」ですと??ネット上でも時々疑問視したり理解できないという意見が散見されますが、いかにもフェミニストに叩かれそうなのに、バッシングされている形跡はないです。まあ神の批判などおいそれとできませんよね。「時代だった」「ふたりが決めた別れ」ということで納得するほかはないのですが、子供の頃、すごくショックでした。

 

読んだのが芸能人の和田アキ子さんが手術をしたことがワイドショーなどで取り上げられた頃で、それについての市井の人の「反応」も結構びっくりでした。なんで離婚しないのか、みたいなことを平気で言う人がいたんですよね。確かにまだ、女は子供を産んで当たり前、女の幸せは結婚、みたいな時代でしたが、時代劇みたいに「三年子無きは去れ」「石女(うまずめ)」と言われて婚家を追い出されるようなことはさすがに無くなってきた時代だったはず。子供心に、こんなのおかしい、と、モヤモヤした記憶があります。

 

私は別にフェミニストではないですが、この作品によってこれ以後本当にしばしば「男女とは」「社会的役割とは」「人間として生きるとは」について考えさせられました。その後学生の時に上野千鶴子さんの書籍などで学問としてのフェミニズムや運動について知ったとき、最初に思い浮かべたのはこの話でした。自分が女性であること、女性として本能的に憤りを感じることを意識したのは『めぐり会い』を読んだときが初めてだったのかもしれません。

 

もし私が如月恵さんだったら、どうするだろう、今後がんが再発するかもしれないし、やっぱり彼の将来を考えて別れるのかな、とは思いました。でも。

 

少なくとも「女じゃなくなった」などという理由のせいで別れるのは嫌だ、と思います。「女として産まれて病気をしたけど女として生きる」。それが何で悪いのかわかりません。如月さんは別に男として生きる必要なんてないはず。別れるのはいい、船医になるのもいい、でも如月さんには「男として生きる」なんていわないで(言わせないで)ほしいです。

 

腹立たしいことに間黒男は当たり前のように「如月恵はその船医の妹だ」「もういないんだ」とピノコに説明し「会いに行くのは思い出を清算するためだ」と言います。二人は医者で、生物学的に厳密に言えば、子宮も卵巣も失ったら出産はできなくなり、ホルモンのバランスが崩れて女性らしさはなくなるのは事実かも知れません。でも社会的に女性であることに変わりはないはず。即座に男性として扱われる、性別が変わるなんて話聞いたこともありません。性同一性障害で自ら性別を変えたかったのなら納得できますが、まさか!の時代錯誤にしか思えません。「その人」を愛しているなら性別なんてどっちでもいいじゃないですか。結婚してからの手術だったらどうするんでしょうか。どんな美人が来ようと「皮膚を剥がせば同じ、美醜なんか関係ない」と考えるB・J(手塚治虫)にも、そんな一面があったことは極めて残念。

 

ともあれ、彼には母親をひどい目にあわせた人間に復讐するという目的もあり、恋愛や結婚は望んでいなかった、という事情もあったはずです。「恋愛ではなく友情を選んだ」ということを描写するのに極端な表現をしたということだったのかもしれません。相手を完全に諦めるため互いに自分に言い聞かせていたのかもしれません。でも彼は結局はピノコと暮らしています。そういう愛を選べるんだったら、如月さんと別れてもいいから、せめて「女じゃない」はやめてほしかった、と思います。それが時代の共通認識だったのだとしても。

 

しかし、この考え方そのものが、それこそまさに、今回のオリンピック組織委員会会長の発言と根が同じなんじゃないかと思います。「女は○○である」「○○でなければ女ではない」という押しつけや思い込みのバイアス。会長は83歳。手塚治虫は生きていれば93歳。「時代」のせいにして納得しようとしていますが、いまだに、こんな風に公の場で発言したり、反発を喰らっても平然と逆切れされたりすると、まだまだなんだなと思います。

 

その後船乗りの少年が如月さんに恋をした話もあるのですが(『海は恋のかおり』)、そこまで話を広げるとこのブログが終わらなくなるのでここで止めておきます。ただその時、如月さんと結婚したいとB・Jにいう少年の言葉に動揺して「あんな子供を相手にするわけがない」「でももしなにかあったら」と心配しています。そんな心配するくらいだったら諦める必要なんてなかったじゃない、と思いますが。この話の時点では如月さんを「男性」としてではなく「女性」として描いているのも注目です。

 

 

宝塚歌劇を愛し、漫画の神とあがめられる手塚治虫でさえも、時代の壁は超えられなかった、ということなのかもしれません。確かに男の子と女の子の心を持って女の子として産まれた『りぼんの騎士』でも葛藤がありながらも最終的には女の子として生きていました。手塚治虫作品ではありませんが、『ベルサイユのばら』でもオスカルは「男装の麗人」であって心は男性ではありませんでした。性自認と性指向、恋愛指向が別々なことがあるのを容認する社会になってきたのはごく最近のことです(その点においても24年組と呼ばれる萩尾望都山岸涼子は画期的ですごかったんですけど)。それでも全部が全部OKというわけでもないでしょう。

 

それよりなにより、生まれつきの身体だったり、如月さんのように不慮の事故や病気で機能を失った人、出産したくてもできない人たちに対してB・Jの言動は明らかに差別ですが、『ブラックジャック』が書かれた1970年代後半から1980年代前半当時の人々に、一部の人を除いてこの発言に対しての差別意識はなかったと思います。上野千鶴子さんのように声を上げ始めた人はいたと思いますし、男性優位の「世間」「常識」に対し、泣いたり苦しんだり人は数限りなくいたと思いますが、大勢は無意識無関心。それこそ無知の証明です。「ウーマンリブなんていたねー」ぐらいで。女性蔑視の歴史なんて知れば知るほど、少なくとも差別を差別と認識できる分「まだまだだけど、それでも今に生まれてまだマシだったー」と思う私です。

 

漫画文庫版の巻末には「現代では差別とされる表現も出てきますが、当時の時代背景を鑑みて修正せずに掲載しています」という内容の文言が書かれています。先住の人々に対してだったり、身体に障害を負った人に対する言葉だったりと、時代の壁は多々あるのですが、それがあったとしてもやっぱり【ブラック・ジャック】は心を揺さぶる素晴らしい作品だし、間黒男のキャラクターとしての魅力も損なわれはしない、と思います。むしろ、本来そういった「概念」と闘っていたのがB・Jだったと思います。医師ならば医師免許、というのに反発し、弱きを助け強きを挫き、権力や美人を退け、ピノコを人間として愛し、霊魂まで手術する人なんですから。権威を笠に着る会長は許せなくても、闘っているB・Jは許したい。話したらわかってくれたと信じたい。

 

患者に寄り添い仕事に命を懸ける、影を背負ったストイックな天才的外科医はやっぱり素敵。永遠の憧れの人に変わりはありません。