みらっちの読書ブログ

本や映画、音楽の話を心のおもむくままに。

踏みとどまるということ【ここにあるもの/平井大】

こんにちは。

 

今朝は目覚まし時計が鳴る前に目が覚めてしまいました。

日曜だぜおい、と思ったのですが(笑)、起きて、家事に取り掛かるきっかけに音楽をシャッフルで流しました。朝起きてすぐは、なかなか家事に取り掛かれないので、スイッチを入れるつもりで音楽を聴いたりします。

 

そしたら1曲目でこの曲が流れてきたんですよね。

 

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ちょっと久しぶりに泣きそうになりました。『カナリヤ』以来の衝撃。

 

平井大さんは、お友達で私の心のメンターでもあるKさんから紹介していただいて以来のファン。ウクレレ奏者でもあります。南の島の風が吹く平井さんの曲は、どの曲もほっこり気持ちがあったかくなります。心に響く曲が多いです。バラードというものは基本感傷的なものですが、特に今朝は少し感傷的な気分だったせいか、歌詞がダイレクトに入ってきてしまいました。だいたい、ピアノとストリングスっていいわ~、やっぱり。シングルカットだと最初口笛が入るんですよね。

 

というのも、なんか久しぶりに夢を見まして。コロナだけどやっと会えたね、みたいなそういうリアルな話じゃなくて、昔の夢。懐かしい場所で懐かしい人と当たり前に会ってる夢。全容は覚えてないけど、あーなんかコロナ前の懐かしい夢だった、と。

 

毎朝、目が覚めると深呼吸をします。

ああ今日も無事に朝を迎えられた。と思います。コロナにかからず、元気に起きた。本当によかった、ありがとう。

 

昔、マイコプラズマ肺炎になったことがあります。細菌とウイルスの中間微生物肺炎です。軽症だったし薬もあるし、抗ウイルス薬で治りましたが、風邪だと思ってたら息が苦しくなってきて、咳すると胸に圧迫感があって、熱は出たんだけどそこまで高熱じゃなくて、あれぇ?おかしいなーと思って受診したらマイコでした。

 

それで肺炎だけはマジ勘弁!と思っているのですよね。最近、ニュースでも若い人向けに啓蒙するため「新型コロナ肺炎の後遺症は怖い」とよくやるようになりました。マイコプラズマ以上の呼吸器症状が長く続くと思うと本当に恐ろしいです。ある女子高生の方が「息が苦しいのが少しで直るならまだしも、長く続くと本当に辛いです」とおっしゃっていて、ああ、そうだろうな、すごくお辛いんだろうなと実感をともないつつ、思います。おそらく私が経験したよりずっと大変なんだろうな、と。

 

当初から私の新型コロナ感染症への怖がり具合が異常だと思う友人知人は多かったんじゃないかと思いますが、笑。でも少しでも肺炎体験すると恐怖倍増なんですよ。苦しさ知ってるので。きっとコロナ、あんなもんじゃないと思うんで。しかも、息苦しくないのに呼吸困難になるとか、もう絶対普通じゃないんで。あと消化器系も怖いのやったのでマジ勘弁!です。

 

街頭インタビューに答えていた人が平然と大勢で集まって食事に行くと言い「かかったらかかったで」なんて言っているのを聞くと、涙が出そうになります。肺炎の苦しさ知ってたら言えないよ、と思います。それであなたは平気でも、もしかして誰かにうつしていて、その人が苦しむのはどうでもいいんですか、もしかしたら死に至らしめるかもしれないのにと、つい言いたくなってしまいます。

 

まあそんなわけで、今朝はそんな目覚め方をしたもので、この曲を聴いてあー今日も必死に頑張ってる人がいるんだな、と思ったんですよね。 感染して苦しい人、病院で働いている人、仕事で外にいる人、リモートで家にいる人、いろんなこと我慢している人、ひょっとしたら大事な人を失った人もいるかもしれない。だけどみんな必死に「今」に踏みとどまっているんだな、と。

 

共に過ごした時間を止める必要なんてない

ボクらの時計の針はまだ動いているよ

キミがいないと何もない訳じゃないけど

なかったことには出来ないみたいだ

 

変わりゆく季節に

変わらない想いだけが

あの日のままの笑顔でずっと残っているよ

戻れないことくらいはもう

とっくにわかっているけれど

それでもいいよ温もりと生きていくよ

 

 『カナリヤ』の時と同じように、「いま」を肯定すること、「ここ」に踏みとどまることって、言うほど簡単じゃないですよね。この時代の流れは本当に濁流で、すぐに流されてしまいそうになります。疫病にも、情報にも。怒りをためたり、厭世的になったりするんじゃなくて、じっとこらえてここにいるのは、辛くて大変なことです。

 

仏教用語に「忍辱(にんにく)」というのがあります。「恥や苦しみに耐え、心を動かさないこと」です。この「心を動かさないこと」が最重要ポイントです。「忍辱」は六波羅蜜のひとつです(第三番目)。涅槃に至るための六つの修行である六波羅蜜には布施(ふせ)・持戒(じかい)・忍辱(にんにく)・精進(しょうじん)・禅定(ぜんじょう)・智慧(ちえ)とありますが、いちおう順番はないみたいになってますが、実はステップバイステップです。

 

若い人が好きなように自由に生きられないなんて、こんな苦行ないだろうなと思います。気の毒に思うし、可哀そうだと思います。でも、こんなふうにエンターテインメントで励ましてくれる人がいっぱいいます。歴史上、疫病や飢餓は何度も人類を襲って、その都度、人は苦しんだわけですが、今はこんなに音楽や本や映像エンターテインメントが発達していて、それを見たり聞いたりもできるわけで、本当にすごい、有難いことだなと思います。

 

先日も朝の番組かなにかでピアニストのフジコ・ヘミングさんがインタビューに答えていました。コンサートできなくて嫌だけれども、いままでしたことがないくらい家で落ち着いて音楽と向き合っているとおっしゃっていました。家事しながらで、ちょっとあちこち見ていたので正確じゃないかもしれません、ごめんなさい。

 

芸術の仕事をする人は感受性の塊で柔らかい心の持ち主が多いわけですから、この時代に敏感に反応しないわけがないし、何より生活に直結していて死活問題。それでも我慢しながら創作に心を向けてくれている人が多いと思います。

 

テイラー・スウィフトのブログでも書いたのですが(あ、まだ下書きで公開してなかった)、コロナ憎いけれども、この感染症の流行は、芸術家のひとたちの危機感と創作意欲をいたく刺激した事件だったことは間違いないと思います。この時期のエンタメには傑作が多いはず。と信じています。

 

「忍辱」は現実逃避しないでねという教えでもあります。でもたとえ現実逃避かもしれなくても、私は今の時代の創作活動にとっても注目しているし、たくさんの励ましや愛や強さを感じます。それぞれにそれを誰から受けとってもいいと思います。好きな芸術家を応援するのは、今に踏みとどまらせてくれる大事な栄養だという気がします。

 

ふと、今朝の夢を見たのって、安野光雅さんの訃報に接したからかもしれないな、なんて思いました。ぐるーん・ぽんの画家さんが亡くなったのが寂しかったのかもしれません。ご冥福をお祈りするとともに、改めてありがとうございます、と申し上げたいです。心の栄養、大事ですね。