みらっちの読書ブログ

本や映画、音楽の話を心のおもむくままに。

同じ本を読む人は遠くにいる【独学大全/読書猿】

こんにちは。

 

通販なんかで、よさそうに見えたけど実際はよくなかったり。人間関係で躓いたり失恋したり。そんなとき、よく「勉強させてもらった」とか「勉強代だった」なんて言いますよね。

 

 

 通販でのうっかりはたまにやってしまいます。コロナ禍でお店に行けなくなってからは何度か利用して失敗しています。その都度「勉強代」がかさんでいくわけで、いい加減懲りた方がいいと思うのですが、学ばないというかなんというか。

 

さて、今日の本は、そういう経験からの勉強ではなく教養のほうの勉強の話です。いや、きっと経験からの勉強にも役に立つに違いない、と思います。

 

【独学大全――絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法/読書猿】(2020/9)

[読書猿]の独学大全――絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法

 

著者の読書猿さんは、こんな方だそうです。

book.asahi.com

 

【独学大全】の元になった読書猿さんのブログ

readingmonkey.blog.fc2.com

 

私は、読書猿さんと言う方をこの本を知るまで知らなかったし、ブログも読んだことがありませんでした。色々調べてもどうやら京都府在住の方、というくらいで正体不明です。この本が、初版から10万部、今や2刷、3刷、まさに飛ぶように売れているらしいです。

 

diamond.jp

 

すみません。どれだけぶ厚いかを示す写真がなかなかいいのがなくて、こちらmin.tというサイトの読書猿さんの「『独学大全』をいろんなものと比較した皆さん」という投稿の中から「はずれスライム」さんの写真をお借りしました。広辞苑と比較。わかりやすかったです。

一部では「鈍器」と言われているそうです。笑

 

本屋さんでは買えず、Amazonでも「鈍器」のほうは手に入らないということで、電子書籍で読みました。ホントに読みました?まあ、ざっと読みました。笑。というのも、これは最初の1ページ目から最後まで熟読・通読する本ではないし(してもいいけど)、全部実行する必要もないので(できないと思う)、ちょうどこの本に載っている方法に近い方法で全体を読みました。よくやっている方法だったのでこうして示してもらうと、ああ、自分はこういう読み方もしてるんだな、と改めて刮目させられました。辞書のようなものなので使い方に自由度があるのもまたよし、です。

 

さて、この本を買って読もう、と思う方は、曲がりなりにも読書に興味がある方ではないか、と思います。読書猿さんは「読書が苦手だった、今も苦手」とおっしゃっていて、この本を書いたのは「学びをあきらめたくないという人、学びたくてもどうしたらいいかわからない初心者のため」と銘打っていますが、この本をぽんと渡されても途方に暮れてしまう人はいるかもしれません。まずはこの本を読む気力体力が必要みたいです。

 

「とりあえず何をしたらいいかわからないという人は最初から読むのをお勧めする」とのことで、基本的にはスモールステップで階段を上がれるような構成になっています。最後におまけで(おまけで!)国語、英語、数学の独学方法まで書いてある優れもの。

 

 

さとうみつろうさんの『神様とのおしゃべり』風に、「親父さん」と「無知くん」が問答する易しい導入部にも、哲学全集みたいに注釈がついています。注釈は飛ばしてはいけません。笑。読書猿さんによる「古典を読むとき、人は古典そのものを理解することはできない。古典とは注釈を読むもの」で「注釈は先人の古典を読む知の結集」だから注釈を読まずして古典を読んだ気になってはいけないという指摘にはなるほど~と思いました。

 

 

どこかで聞いたことのある方法、どこぞの啓発本にちょこちょこっと書いてあるようなものや、わかったようなわからないような認知心理学や認知療法みたいなものまできっちり分類され、解説され、さらにこれでもかと根拠が古典と注釈から底上げされてます。「学ぶ」ということを、あらゆる方向から分類し、図説もきっちり、「書誌」の重要性にも触れてあり、マトリックスの作り方まで、まったく隙がない。まさに「大全」の面目躍如と言う感じです。最初は「よくある啓発本じゃないのかな~○○の方法、というのがアヤシイ」などと思っていたのですが、とんでもなかったです。

 

すごいのは、この本が、当たり前なのかもしれませんが読書猿さんの中を一度通って出てきたということです。すべての方法を試したわけではないかもしれませんが、実感を伴った方法論の紹介には頭が下がります。ここまで紹介できるということは、ここに出て来る書物の何倍かの本を読んだのは間違いなく、それも一冊一冊軽い本じゃありませんし、いったい日ごろからどれほどの量の読書をされているのかと驚きます。齋藤孝氏風にいえば「いちど自分の中を潜らせる」ということでしょうか。どっかから取ってきた言葉ではなく、確実に、一度中を通ってきた知識と言う気がします。それがすごいです。世の中の本は、しかもこれだけ中身が濃いとなると、いろんなところから寄せ集めて切り貼りしたようなものも多いです。読書猿さんによると「ブログでひとつひとつ深く掘り下げたのが役に立った」そうです。 

 

方法の一つに、読書しながらメモを取って行ったり興味のあることや知りたいことをノートに書きだしていく学びの方法があるのですが、どこかで見たことがあると思ったら、以前テレビで加山雄三さんが「僕のノート」と言って見せてくれたのがこういうノートでした。興味のあることさえあれば、宇宙のことであれ海のことであれ音楽のことであれ、常に思いついたことは書き出して本を読んだり調べたりして勉強している、と言っていました。80歳を超えられた頃のことです。まぎれもなく、立派な独学の先達だと思います。

 

とにかく読書猿さんの読書の幅、量、質、ともにすごい。そして分析力がすごい。論理も明快、きっとあなたは数学も得意ですね。と思う文章。普段なんのお仕事をしていらっしゃるのかわからないのですが、図書館のレファレンスに関して非常に詳しいですね。図書館をあますところなく利用されてきた結果、なのかもしれませんが、図書館司書さんの知識に近い体系を持った本、という気がします。そう。これは「広辞苑のように使ってほしい」と言われる通り、まさに学びのレファレンス(「参考」「参照」という意味ですが、図書館学では分類整理して即座に目当ての情報を探す、というような意味合いがあります)本です。

 

そもそもインターネットに頼らず書籍だけで調べ物ができることを教えてくれるのは、すごいことだと思います。Z世代はWikipedia以外の調べ方がわからないのでは。かと思えば「検索語をみがく」というスキルも教えてくれます。無駄な検索、駄文のすくいあげは全くの時間の浪費。目指したことにたどり着かず苛々したことがある人も多いのではないでしょうか。こういう、痒いところに手が届くことって意外と誰も教えてくれません。

 

誰でも「これはやったことあるなあ」と実は「自分、独学してたんだ!」みたいなことが多々あるのではないか、と思っています。学ぶ、なんていうと敷居が高いけど、実はみんな、普段からやっていることも沢山あるんじゃないかと。学校や塾でやらされた(笑)ことを思い出して「あれにはこんな意味が」と思うこともあるかもしれません。

 

そしてまた、この本の素敵なところは、「独学」は「孤学」ではない、と、人と共有することを勧めているところです。インタビューにもありましたが、「同じ本を読む人は遠くにいる」という言葉には感銘を受けました。誰かに話すとき、教えるとき、学びは深まる。

 

やってみたくなったのは「会読」という一冊の本を複数人で読む方法。楽しいだろうなぁ、と思いました。読書会とかビブリオバトルとか。大学のゼミとかでやっていたなあ、と。でも社会人が「会読」仲間を見つけるのは難しそうです。そういうときは「ひとりで始めてしまうこと」というアドバイス。ひとりで「会読」になるの?という疑問に対し、それも学びだし、ネット上でレジュメを公開すれば、誰かわからぬが誰かが見ていることが独学の継続を支える、と。ああそれ、最近実感しています。笑。

 

ほかに印象的だったことのひとつは「学校というところは、学びのベースの安定を守っているすごい場所なんだ」ということ。社会と言う荒野に出て、さあ、学ぼうと思ったとき、そのベースを安定させることがいかに困難かということに直面します。

 

学校なんか何の役に立つんだ、勉強めんどくさいなー、給食だけ食べたら下校にならないかなーと考えているそこのきみ(息子よ)。学校ほど先生達が、その力のすべてをもってして「お膳立て」に心血を注いでくれている場所はないのです。そのことを、社会に出て初めて知るのですよ。「なんか、おれ、教養ないかも」「上司になんにも知らんと叱られた」「知的な才女に振られた」「同僚の話についていけない」と嘆いて初めて「せっかくの場」をふいにしたことに気がつくのですが、それではかなりおそーいのです。そこからのスタートは、自力で努力をしないと「ベース」が確保できません。

 

とはいえ「独学」に遅いも早いもありません。学ぼうと思ったときがそのとき。詰め込みでない真の「学び」ができるのも、社会と言う荒野だからこそ。誰かから非難されることも試験もない(褒められもしないけど。笑)。「大全」には、彼自身の、あるいは先人の、宝物のようなアドバイスが書いてあります。励ましに、希望や力が湧いてきます。もちろん、自分があまりに物を知らないことを思い知らされ、愕然としてしまう側面もあるのですけれども。結局は知りたいことがあること、地味でコツコツしたことを厭わないこと、あきらめないこと、なんだと思います。

 

読書猿さんについて調べていたら、こんなサイトに出会いました。

シミルボン

ベータ版なのでうまくリンクしませんが、こちらは読んだ本を紹介しあったりするサイトだそうです。ちょっと面白そう。調べてみて、読書猿さん、かなりいろんなところで本の紹介をしたりブログを書いたりと表現の場が広いことがわかりました。なるほど、本を出す人というのはこういう積極性があるのでしょうね。そしてそれも「独学」の極意かも。

 

ときどき立ち止まり自分の「独学」を振り返るのにはやはり「鈍器」のほうがよさそうですが、電子書籍買っちゃったし、仕方がない。図書館で借りるよりは手元に一冊、やはり広辞苑と同じ扱いかもしれませんね。広辞苑だと思えば安い、かもしれません。笑