みらっちの読書ブログ

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中二の時にハマったものを人は意外と忘れている【コバルト文庫でたどる少女小説変遷史/嵯峨景子】

こんにちは。

 

 漫画『銀魂』に「想像力は中二で培われる」というタイトルがありました(『銀魂』はタイトルが秀逸です)。「中二病」「厨二病」という言葉がある通り、思春期真っただ中の「中二」というのは不思議な年齢です。ホルモンのバランスが最も過酷になるのが「中二」と「更年期」なんですよね。エストロゲンやテストステロンが発現するときと失われる時が最もきつい。変態する昆虫は「さなぎ」になりますが、「さなぎ」って、中いっかいぐちゃぐちゃに溶けてるらしいですよ。ま、そんな時期なんです、中二。

 

私がそんな中二の時にハマっていたもの。それは

【少女小説】

いわゆるコバルト文庫に代表される青少年期向けのライトノベルです。月刊『コバルト』はもうありませんが、web配信を中心に今も連綿と続いているようです。

 

ライトノベルは「ラノベ」と呼ばれ、特に青少年が読みやすい、アニメ系のイラストを多用した小説です。少女小説そのものは戦前からの流れがあって、現在はラノベの一系列みたいになっていますが読み応えのあるものも多く、アニメや漫画の原作にもなるなど多様な広がりを見せているようです。SFやファンタジーが多いのも特徴。私が読んだ時代はそこまでアニメチックな挿絵や表紙ではなかったとは思いますが、まあ、「漫画っぽい小説」ではありました。「児童文学」とは明確に区別されているようです。児童文学はその世界観が健全で教育的か否か、というところに分かれ道があるようです。健全ってなに…

 

ちなみにラノベ出身で有名なのは乙一さん沖方丁さん有川浩さんなど。漫画家さんからラノベ作家になった方もいます。

【コバルト文庫でたどる少女小説変遷史/嵯峨景子】

コバルト文庫で辿る少女小説変遷史

 

 

以前、こちらを読みました。ちょっと前に図書館で読んだので、内容の詳細はちょっと忘れてしまった部分もあるのですが、文学と文芸の間にある溝について気づかされたと同時に、その時代の「少年少女」が求めるものに応えるような形に小説の傾向が変わっていくこと(特に性描写)、自分が読んでいたものが流れの中のほんの一部だったことが良くわかりました。編集部の意向による作為というものが存在するなんて当時は思いもしなかったけれど、大人の今ならわかります。

 

さて、この「帯文」を書かれている新井素子さんに、中二時代はドはまりしていました。新井素子さんは17歳でデビューして以来、読みやすく親しみやすい文体で寄り添ってくれる本を書き続けていらっしゃいます。

星へ行く船シリーズ hashtag on Twitter

またしてもネットに素晴らしい写真が。

表紙は最初、竹宮恵子さんでした。
特に大好きだったのは『星へ行く船』

シリーズものでした。本当に本当に好きで。

 

新井素子さんは、なにしろどっぷりハマっていたので好きな作品は色々ありましたが、あえて挙げるなら上の星へ行く船シリーズと、『ひとめあなたに…』『グリーン・レクイエム』です。『ひとめあなたに…』は隕石が落ちてきて地球が滅亡することになり、とにかく何が何でも恋人のところに行くんだ!と決意した女性が、苦難の果てにやっと恋人に会う話。『グリーン・レクイエム』は光合成をする髪を持つ植物系の異星人が地球の植物に影響を与えていく話…だったと思います(この二作品はコバルト文庫ではありません)。

 

ごく最近、といってももう数年前になりますが、帰国したばかりの時に本屋さんで新井素子さん自身による「星へ行く船」のリライト本が出版されていました。吉祥寺の本屋さんは、コミックや単行本に、著者ご本人による推薦文やサイン、直筆イラストなどによるポップがついていることが多くて、その本にも新井素子さんの直筆ポップがついていました。私の田舎じゃ考えられないことです。「さっすが漫画家の聖地、そして素ちゃんのジモトに近い吉祥寺~」と感激したことを覚えています(新井さんは練馬出身)。

 

が。がしかし。

(↑これがまさに新井さんの文体。笑。)

大人になって、最もよく思い出すのは氷室冴子さんと、氷室さんの書かれた小説です。

 

あんなに新井素子さんのファンだったのに、素ちゃん(と呼ばれて親しまれていた)のことはあんまり思い出さず、実際、私はそのリライト本は買いませんでした。なにか燃え尽きてしまっていたのかもしれません。昔の作品を作者自身がリライトするのを是とするか非とするかは悩みますが、昔のSFって確かに書き直したくなるのはわかります。当時最先端だったり未来の道具や手段と考えていたものが、2020年の現実ではすでに時代遅れだったりしますからね。でも、どうしてだか「火星年代記(レイ・ブラッドベリ)」とか「タイムマシン(H・G・ウェルズ)」とかのSFの名作と言われるものは、多少の古さがあっても色あせません。先見の明に感心しこそすれ、時代が追い越してしまったものは「味」として感じらるのが不思議です。

 

さて、今、【少女小説】といって思い出すのは、心の底に残っているのは、氷室冴子さん

 

2008年、肺がんで51歳の若さで亡くなられています。

今の私と同じくらいの年齢…こんなに若くして亡くなってしまったなんて。あの才能が失われてしまったなんて。いまでも悔しく思われます。訃報を知ったときは衝撃を受け、『なんて素敵にジャパネスク』を全巻読み直してしまったほどです。

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氷室冴子さんはライトノベルの草分けとも言われています。ライトというだけに軽く会話文の多い小説が多い中、氷室さんの本はちょっと別格だったと思います。もちろん、いわゆる「ラノベ」特有の文体ではあるかもしれませんが、少女期の繊細な内面を描かせたら天下一品だったのではないかと思います。

 

児童小説に荻原規子さんと言う方がいて代表作に『空色勾玉』『RDG』などがあります。「空色勾玉」シリーズを読みながら、彼女が児童小説というなら、氷室さんのデビュー作『さようならアルルカン』は児童小説だったし、氷室さんは児童文学家だなと思っていました。『さようならアルルカン』は、子供から大人になる一時期の、自分も周りも持て余すような敏感で切ない感情が見事に表現されていました。少女独特、というだけではない深さがあったと思います。児童小説とラノベ、の溝。デビューの違い、時代の違いでそういう「分類」になっているだけなんじゃないかと思わずにいられませんでした。荻原さんの作品は確かに壮大なファンタジーですし、その壮大さは氷室さんの描く「私の身辺」の話とは違う、のかもしれません。でもとにかく氷室さんはもっと知られていい作家さんだと思います。

 

 

誤解のないようにいちおう補足しますが、荻原さんの作品がどう、という話ではなく、そういう分類が無意味だなと。確かに中には「うーん。ラノベ、としか言いようがない」と思う作品もありますが、それでもそれをもって少年少女の心にさざ波ひとつも起こすことができるならそれは名作、だと思います。今はWEB小説やTwitter小説などいろいろな表現の仕方がありますし、どこからどこまでが「文学」で、どこからどこまでがそうではないのか、もはや区別のつけようなんてないんじゃないか、なんて思うことがあります。

 

氷室冴子さんはたくさんの作品を書かれています。『クララ白書』『アグネス白書』『雑居時代』…そしてなんといっても『なんて素敵にジャパネスク』。それより前に『ざ・ちぇんじ!』という作品がありますが、両方とも、男女逆転の物語です(「転校生」みたいな入れ替わりではなく、生まれつき男の子が女の子らしい、女の子が男の子らしい主人公たちが入れ替わって生きていくお話。いまでいうジェンダーをテーマにしています)。副題は「新訳とりかえばやものがたり」とありました。私はこの作品で初めて「とりかえばやものがたり」という平安末期作者不詳の古典があるのを知り、その「とりかえばやものがたり」がいろいろな作品の元ネタになっていることを知りました。(ちなみに今連載中の漫画「輝夜伝」を描いているさいとうちほさんは「とりかえ・ばや」という「とりかえばやものがたり」も描いています。内容はオリジナルですが、氷室冴子さんの影響があるのかどうかは調べていないので不明です)。

 

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ところで、私が氷室さんの作品でいちばん好きだったのは、『シンデレラ迷宮』です。

(↓この写真って勝手に拝借していいのでしょうか。いずれ、実家の写真と取り替えようと思います)。

メルカリ - シンデレラ迷宮 シンデレラミステリー 氷室冴子 【絵本】 (¥420) 中古や未使用のフリマ

これは、氷室さんの読書遍歴のなかで感情移入した女性の主人公たちとの内的な関りが深く描かれていて、言ってみれば名作の中を旅しながら自分の「今」を発見していく物語でした。以前のブログ「エリザベスは本の虫」でも触れましたが、自分の読書傾向が現実逃避型だということに気がついたのはこの本を読んだからかもしれません。

 

それから『蕨シリーズ』『なぎさボーイ』『多恵子ガール』『蕨が丘物語』

Wikipediaを見たら、続刊が出ていました。私は『北里マドンナ』は知りませんでした。『北里マドンナ』が1988年とあるので、多分このあたりからラノベを読まなくなったんですね。『海がきこえる』がジブリで映画化したころは、へー氷室冴子さんなんだ~と思っただけで、素通りしています。今調べたら『月刊アニメージュ』で連載してたんですね!アニメージュ、時々読んでましたよ~。『超時空要塞マクロス』『北斗の拳』にハマってたんで。でも時期がちょっとズレてたんですね。連載を読んだことはないです。

 

 氷室さんは、「少女小説家」としてかつてもてはやされた時代があり、『丘の上のミッキー』などのシリーズで知られる久美沙織さんもそのひとりでした。久美沙織さんは以前「少女小説家は時代に翻弄されていた、田舎から連れてこられてひたすら小説を書かされて、メディアで持ち上げられながらも実は年若い少女であるがゆえに搾取されていた」というようなことをブログに書いていて、ちょっとショックを受けたことがあります。このたび検索してみたら、「ドラゴンクエストⅤ」の原作小説を映画に盗用されたと刑事訴訟した話がすぐに出てきてますます驚きました。現在は軽井沢在住でお子さんがいるらしいです。

 

その昔、まさに中二のあの頃は、その「少女小説家」に憧れて、ひたすらラノベを読んでいました。そののめりこみぶりが自分にとってはちょっと黒歴史で、今まで思い出すのもなんだか気恥しいような、耐えがたいような気がしていましたが、改めてこうして向き合ってみると、やっぱり自分の中に植えられていた種があって、それがちゃんと成長しているように思います。やっと大人になって客観的に語れて(大人になってやっと語れて、ではなく)、なんとなくスッキリした気持ちになりました。