みらっちの読書ブログ

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秋の夜長にたまにはよき落語など【昭和元禄落語心中/雲田はるこ】

こんにちは。

 

以前、外国にいたときに、立川志の輔さんの落語を聴いたことがあります。

日本ではめったに生で聴くことのできない落語を聴けるとあって毎回大盛況で、私も二度ほど行きました。

 

ちゃんとした落語を、ちゃんとした形で聴いたのは初めてでしたが、現代的なお話と古典落語の三本立てで、前座の賑わいもあり、とても楽しかったです。

 

人の話を聞いて楽しむ文化、というのが日本には根付いています。和歌を詠みあって楽しんだり、琵琶法師に語ってもらったり、江戸以後は落語、俳句、短歌など。書くだけではなく声に出して読んで楽しみます。講談や漫才やコントもそうですが、エンターテインメントとして「話術」を楽しむ。洒落や駄洒落、言葉遊びや掛詞など、必ずしも音階を必要としない、言葉で楽しむ文化です。

 

【昭和元禄落語心中/雲田はるこ】

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アニメやドラマにもなりました。主人公は元ヤクザの強次。刑務所の慰問で初めて落語『死神』を聴き、出所してすぐに八代目八雲に入門しようとしますが、「弟子は取らない」という八雲に簡単には許されず最初は住み込みの付き人「与太郎」となります。八雲にはかつて志を同じくした同門の仲間であり唯一の友であった天才落語家、助六との確執がありました。八雲はわけあって彼の娘の小夏を養女にしています。与太郎は稽古をつけてくれない八雲にいら立ち、一方で助六の落語に魅せられ、助六の芸風を取り入れようとしますが失敗。八雲に破門されそうになった時に、八雲の口から「破門しない代わりに三つの約束を守ること」という条件を出され、それまで秘密にしてきた出来事を聞かされます。八雲が弟子の与太とした三つの約束は、「助六と自分の落語を全部覚える」「落語をもういちど盛り返すという助六との悲願をかなえる」「自分より先に死なない」というものでした。

 

八雲の語りを中心に、戦前から戦後、現代までの落語の盛衰と、八雲と助六、そして小夏と与太郎の人生が交錯して話が展開していきます。そこに効果的な落語が絡んで、ちょっとしたミステリーにもなっています。

 

漫画もドラマも見ましたが、特にアニメは声優陣が豪華でした。

八雲が石田彰さん、助六が山寺宏一さん。そしてそのふたりの間にいる女性、みよ吉が林原めぐみさん。主題歌の楽曲を椎名林檎さんが担当し、林原さんが歌っています。もうそれだけで相当にゴージャス。林原さんが良かったです。色気と退廃と狂気がないまぜになった女性を見事に表現されていました。そしてそれ以上に主役のおふたりの声優さんの「落語」がすごかったです。本物の落語家さんには到底及ばないのでしょうが、本物の落語とはまた違った味があった感じ。

 

そもそも声優さんを決めるのもオーディションだったとか。超有名、超一流の声優さんが、オーディション?と、びっくりでした。オファーされて決まったのかと思ってました。

 

漫画もドラマもアニメも、お話にうまいこと絡んでくる落語が素晴らしいのですが、漫画は「耳」で聴けない分、やっぱり「聴いてみたい」欲求が残ってしまうような気がしました。とはいえ、戦前戦後から高度成長期以後の落語の興隆と衰退の表現とミステリアスなストーリー展開が素晴らしい漫画作品で、講談社漫画賞や手塚治虫文化賞を受賞されています(個人的に、手塚治虫文化賞にハズレはない、と思ってます)。

 

お話全体を通して、八雲には十八番の「死神」が絡んできます。「死神」はグリムの昔話が元ネタで、古典落語よりは少し新しい感じ。死神と出会い人の生き死にを自在に操れるようになった男がある日、金のために死神との約束を破って死ぬはずだった男を生き返らせてしまいます。そのペナルティとして男の寿命のろうそくが消えてしまう、という話です。落語に執着し、落語と心中しようとした八雲の心情を見事に表現する「死神」。石田彰さんの「死神」は耳に残ります。ドラマの岡田将生さんも良かったけど、石田彰さんすごかった。与太の存在で、八雲は「死神」に捕まることなく、落語と心中はできませんでした。八雲は落語の未来と希望を与太に託すことになります。

 

助六は「野ざらし」「芝浜」が鍵になるのですが、「野ざらし」は女性のしゃれこうべにお酒をかけて懇ろに弔うと夜お礼に来てくれるという話を聞き、妄想を抱く男の話。「芝浜」は、浜で財布を拾って大金持ちになったと思った男が客を招いて散財するが、翌朝妻からそんな財布はないと聞かされる。それから一念発起して真面目に働き、自分の店を構えるまでになったある日、妻が財布を見せ事の顛末を語って聞かせる。自分のために機転を利かせてくれた妻から酒を勧められるが、「また夢になるといけねぇ」と酒を断る男の話。どちらも男女にまつわる、少し滑稽な艶話としんみりする人情ものです。助六の弱さや優しさが招いた悲劇を象徴しているとも言えます。

 

山寺宏一さんの落語は「助六」のキャラクターが全部詰まったような落語で、どれを聴いても、これこれ!みたいな気がしました。ドラマで助六を演じられた山崎育三郎さんの旅館での二人芝居の「芝浜」も良かったです。与太郎は、ドラマで竜星涼さんが演じられていてぴったりでしたが、アニメの関智一さんの落語は、与太ができそこないのころから真打になるところまでの説得力がすごかったです。

 

結局、みよ吉を取るか芸を取るか、ということになって、八雲は師匠の「女は芸の肥やしにしろ」という言葉通りに芸をとります。八雲は艶話が得意で女形が似合うし、助六の方がいかにも男気がありそうに描かれていますが、実は八雲の方がずっと思考が男性的で、助六の才能に憧れ嫉妬し、助六のことも切り捨てているのです。そのことを後に悔やんで助六を取り戻そうとしに行ったもののそこで助六を失い、そのことがさらに心の傷になってしまいました。

 

物語自体は、うーん、こう終わるか…という終わり方で、すっきりするようなしないような結末でした。与太は知らぬが仏だよなー、与太がいい人で良かったし、すべてが与太のおかげじゃん…と思わなくもありません。

 

NHKの朝ドラ「ちりとてちん」のときも「落語いいなぁ」と思いましたが、それを思い出させてくれる「昭和元禄落語心中」。「ちりとてちん」は、面白かったですが落語を全部聞くことってできなかったんですよね、確か。短い落語でもさすがにカットされていました。朝15分の枠で、それはできない相談。「昭和元禄落語心中」はアニメやドラマでは短い落語は「一席ちゃんと聞いた」感があったので、よほど前後で説明がうまかったか、ほぼ全編入っていたかだと思います(すみません、確かめてない)。

 

落語って、ゴシップあり、人情ドラマあり、艶話あり、ホラーありと、いろんな要素がいっぱい詰まっていて、もちろん当時の「時事的な」ものもあったりするのでそれにはちょっとした「心得」が必要だけれども、現代の創作落語もあるし、もう少し気軽に楽しめるようになればいいのにな、と思います。

 

NHKのバラエティ枠でたまにやっていた「落語の一席をドラマで吹き替える」、濱田岳さんが案内人をつとめる『超入門!落語 THE MOVIE』というのがあって、結構いろんな俳優さんが「落語のアフレコ」を演じてくれて、毎回とても楽しみにしていました。あんなふうに「映像」がついてくれると、動画慣れしている現代人にはいろいろとピンとくるのかもしれません。

 

 この漫画・アニメ・ドラマを見ると、基本的な落語はだいたい、覚えられるしくみ。笑。作法やしきたりみたいなものもなんとなくわかって、ほかの落語も聴いてみたくなり、だんだん落語にハマっていくことうけあいの作品です。