みらっちの読書ブログ

本や映画、音楽の話を心のおもむくままに。

ハシバミはヘーゼルナッツっていうけどヘーゼルナッツってそもそも何【赤毛のアン/モンゴメリ】

こんにちは。

 

ネトフリ(ネットフリックス)とカナダCBCのオリジナルドラマ『アンという名の少女』がすごいらしいですね!

 

 9/13(日)からはNHKで放送が始まるとか。夜11時からだそうです。

www.nhk.jp

 

良かった~!ネットフリックスに入らなければいけないかと思い詰めました。

 

まずキャスティングが絶妙に素晴らしい、(容姿が)原作に忠実、という噂です。

イメージ通りの外見のアンやダイアナ。アニメやこれまでの実写版とは一味違うそうです。

 

それから、原作に忠実かと思うと軽々と裏切られる挿話の数々が、現代の問題を上手に盛り込んであるので見飽きない、とか。

 

実に楽しみです。

 

さて、『赤毛のアン』。

私が読んだのはこの表紙のアンです。

赤毛のアン|名作・古典|本を探す|ポプラ社

沢山の人が翻訳していますが、私が読んだのは村岡花子さんの訳だったんですね。今改めて知りました。「花子とアン」という村岡花子さんのことを描いたNHKの朝ドラもやっていました(2014年。子育てにいっぱいいっぱいで全然朝ドラを観なかった時期)。

 

【世界名作劇場】のアニメも観ていました。

世界名作劇場/赤毛のアン (世界名作劇場ジュニア・ノベルシリーズ) | ルーシー・モード・モンゴメリ, 箱石桂子 |本 | 通販 | Amazon

なにしろこちら、高畑勲さんと宮崎駿さんが参加しています。ほぼジブリです。面白くないわけがない。

 

『赤毛のアンシリーズ』は小中学校時代の愛読書のひとつです。続編は「アンの青春」や「アンの娘リラ」など数冊に及びます。教師になりギルバートと結婚して子供が生まれ…という成長物語もいいのですが、やっぱり最初に読んだ「グリーンゲイブルズのアン」が最高だったと思います。

 

名前はEのつくアン、にんじん、石板、パフスリーブ、花冠、マシューの死、マリラの恋、髪染め事件、ギルバートとの確執と仲直り、ダイアナとの親友の誓い。まるで人生を共に歩んだ友達のようにエピソードが次々思い出されます。

 

感受性が豊かで観察力が鋭く、おしゃべりで空想好きで、ちょっと癇癪持ちだけれどいつのまにか周囲を巻き込み人々に愛されるアンの魅力が、最初の本には凝縮しています。

 

ダイアナとの友情も、堅物で男の子の働き手が欲しかったマリラ(本では怖いおばさんだと思ってた)と打ち解けていく過程も、ドキドキしながら読んだものですが、なかでもやっぱり、マシューとの関りが印象的です。とくに「パフスリーブ」のくだり。

 

マシューがアンのために、アンが憧れていて欲しがっていたパフスリーブのワンピースを買おうとしますが、どうしてもお店の人にうまく伝えられなくて、大苦戦するところが好きです。アニメでは鋤とか鍬とか種とか要らないものをいっぱい買ってしまうシーンになってましたが、原作はどうだったかな。何度も読んだのに、忘れてしまうものですね。

 

誠実で優しいけれど、人づきあいが苦手で、無口で、感情をうまく表すことのできないマシューが、アンを引き取って子供と暮らす喜びに目覚め、家族としてこれから、というときに、銀行の倒産の報を聞いて突然の心臓発作で亡くなってしまうのが、子供の頃、とても悲しかったです。

 

アニメも素敵でしたが、映画やドラマの『赤毛のアン』の何が良かったか、というと、カナダのプリンスエドワード島のアボンリー村の風景が、ヴィジュアルで見ることができる、と言うことに尽きます。本を読んでいる間は、そこがどんなに美しくて素敵なところか、アンの目を通して語られるのですが、小学生の想像力では限界があります。白い花のアーチの小径(何か文学的な名前をアンがつけていた)や輝く湖水などが、どんなものなのか、映像を通して見たときに、初めて「うわーっ」てなりました。そりゃあ、行きたくなるわ。そりゃあ、観光名所になるわ。

 

『アンという名の少女』でも、当然、撮影地。こちらでも存分に、プリンスエドワード島の風景を堪能できそうです。

 

ところで、『赤毛のアン』では人物の描写がとても細かいのですが、たしかギルバートの目が「はしばみ色」、とあって、私はそれで「はしばみ色」という言葉を覚えた気がします。はしばみ=ヘーゼルナッツ、薄茶色なんですね。当時はなんだかわからないけれど彼の髪は茶色の巻き毛と書いてあるので「はしばみ」も茶色なのかな、と思っていました。今みたいにググるとすぐわかるわけではない時代、「はしばみ」がどんなものか知りたければ辞書を使ったり図鑑を使ったりするしかなかった時代です。その後も西洋の物語を読むたびに「はしばみ色」は頻繁に登場して、なんかものすごい憧れを抱いていました。

 

ギルは最初はアンに意地悪するけれど、それはいかにも男の子の照れ隠しで、アンと親しくなりたい、というそぶりを何度も見せるのに、アンはいつまでも根に持って許そうとしない。なんやかんやあって最後にアンにアボンリーの教師の職を譲るギルバートの献身に、ようやくふたりは和解。それでもそこからいきなり恋、ということにはならない。幼馴染の幼い恋から恋人になり、お互いを思いやる夫婦になって「こどもの両親」になったころ、続編を読むのをやめてしまった気がします。

 

今また、読み返したら、続編の方に感銘を受けたりするのかもしれません。

まずは話題の『アンという名の少女』を観てみよう、と思っています。